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Facebookからディズニーランドまで。ヒットのカギは「終わりが分からない構造」

広場型のmixiとフィード型のFacebookにおける組織の違い

だいぶ前の話になるのですが、「広場型のmixi、フィード型のFacebookと組織の関係」という原稿を書いたことありました。

概要を説明すると、Facebook最大の強みは「タイムフィード」というインターフェースに全てのコンテンツを集約させたことであり、対するmixiは旧来のWebページのように各コンテンツへのリンクが集約された広場型の構造になっている。(そして、この違いは一人の企画者(ザッカーバーグ)の思想をその他大勢が体現するという組織なのか、日本に多く見られる部署間の擦り合わせで決定されていく組織なのかという、構造に違いにあるのではないかという内容でした。)

現在SNSは、ほぼ全てが「タイムフィード」型になっています。タイムフィードの強みは「終わりがないから利用時間が劇的に増える」ということと、「全てのコンテンツをワンフィードに集約させることにより、ユーザーは受動的にコンテンツを体験出来る」ということです。
総務省のレポートによると平成24年のネット利用時間平均は67.3分ですが、2年後の平成26年には73分と伸長しています。ネット利用時間の増加には、この「タイムフィード」型という、終わりのないインターフェースが大きく寄与していると言えるでしょう。

sns利用時間
出典:モバイル機器によるインターネット利用時間の増加
http://www.soumu.go.jp/main_content/000357568.pdf

最近思うのですが、SNSに限らず現実の世の中で成功しているインターフェースはこの「タイムフィード型」になっており、これを言い換えると「終わりが分からない構造」にしていると思うんですね。

動画と動画を繋いで「終わりが分からない構造」に

例えば動画定額視聴サービスのHuluは、ドラマの1話目を見終わった後、自動的に2話目が再生されます。最終話であっても、関連した違うドラマの1話目が自動的に再生されるようになっているのです。

先日フジテレビの「バイキング」を見ていたら、司会者が番組の最後でその後の枠のニュース番組「直撃LIVEグッディ!」の司会者とトークをするコーナーがありました。
これもまた、「終わりが分からない構造」にして、番組と番組の継ぎ目を感じさせずに続けて番組を見させるという造りになっています。(ただ、両方とも低視聴率ですが。)

テーマパークの様に「終わりが分からない構造」になった新宿伊勢丹

ディズニーランドなどのテーマパークはぐるっと園内を一周させる「終わりが分からない構造」になっていますが、小売りにおける店舗作りにも有用だと思います。新宿伊勢丹は2013年に100億円の総工費を投じて改装を図っているのですが、改装後に2Fフロアの集客がとても良くなったと言います。本来20代女性向けのフロアですが、他の年代の客層も2Fを訪れるようになったそうです。

従来の百貨店はショップとショップの境目が分かる構造になっていますが、実際に伊勢丹2Fのフロアを訪れてみると、天井につけられた飾りなどによってゆるく円状に導線設計がされていて、ショップの継ぎ目が分からなくなっています。気づかないうちに、フロアを何週もしてしまう設計になっているのです。(急に目の前にバーカウンター等も登場して楽しいですね。)

さらに、2011年に有楽町西武がルミネに変わりましたが、有楽町の駅を出ると「ルミネストリート」という簡易な店舗が並んでいる通りがあり、ルミネのビルまで案内をするように続いています。これは、駅からルミネまでの継ぎ目を分からなくし、店舗まで誘導するという効果があるのです。
7489出典:http://www.fashion-headline.com/article/2013/03/06/877.html

20代女子たちが変えた新宿伊勢丹の秘密
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140609/266550/?P=2

「終わりのない構造」で回遊性が確保されている箱根

流行っている観光地も「終わりのない構造」によって回遊性が確保されています。箱根・湯河原地域の平成25年で延観光客数は、3千100万人を超えており、箱根町単体で見ると前年比7.3%増となっている人気の観光地です。

箱根ほどこの「終わりがなく」「継ぎ目もなく」設計されている観光地もないでしょう。箱根を訪れる人の多くはこのような導線をたどります。

index-photo-01出典:http://www.hakonenavi.jp/ticket/before/hakonefree01/ab_hakonefree01/

「箱根湯本駅」→箱根登山鉄道で「強羅駅」まで
→渓谷や山の風景を楽しむ
「強羅駅」→ケーブルカーで「早雲山」まで
→「彫刻の森美術館」など数々の観光スポットが点在
「早雲山」→ロープウェイで「大湧谷」→「桃源台」
→ロープウェイを楽しみながら、黒たまごを食べる
「桃源台」→海賊船で「元箱根」「箱根町」
→海賊船への乗船が楽しい
「箱根町」→箱根登山バスで「箱根湯本駅」へ戻る

このように箱根をグルっと一周出来る導線が設計されており、ロープウェーや海賊船など、乗っているだけで既にレジャーになる乗り物も豊富なのです。
さらに、鉄道、ケーブルカー、ロープウェイ、海賊船、登山バスと全ての交通手段がセットになったフリーパスが販売されており、非常に回遊性の高い観光地になっているのですね。

■平成25年入込観光客数調査(箱根)
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f80022/p839616.html

逆に惜しいのが熱海です。一時期集客数が落ち込んだものの、最近は女性客の日帰りエステや夏場の花火大会等で息を吹き返し平成24年度以降観光客数が増加しています。平成23年度に523万人だった客数は平成26年度には640万人と年間100万人以上も伸びているのです。

ただ、惜しいのは、集客が出来ているのは熱海の駅前から少し離れたホテルのエステなので、駅からホテルまで直行するという導線になっています。これをルミネ有楽町のように、駅前からホテルまで、さらに拡張してその周辺の導線を作り込むことが出来れば、もっと顧客あたりの単価が伸びるような気がします。

■平成27年熱海市の観光
http://www.city.atami.shizuoka.jp/userfiles/495/file/%E2%98%85%EF%BC%A827%E5%B9%B4%E7%89%88%EF%BC%88PDF%E7%89%88%EF%BC%89.pdf

Facebookの売上がTwitterの9倍あり、3倍のユーザーがいる理由

ユーザー数はTwitterの3倍。しかし、売上は9倍も高いFacebook

その昔、mixiの利用者がたくさんいた頃、同じ様にモバゲータウンの利用者もたくさんいました。しかし、同じ様に利用者がたくさんいても、mixiに広告を出すと効果が良いのだけれど、モバゲータウンに広告を出しても対して効果がよくないという話をよく聞きました。

そして2015年現在、mixiはFacebookに取って変わられました。Facebookの第3四半期の売上は45億ドルに達していますが、一方Twitterは5億6920万ドルの売上とFacebookの1/9しかありません。月間のアクティブユーザーはFacebookが9億6800万人(第2四半期)、Twitterが3億2000万人(第3四半期)ですからアクティブユーザー数は3倍程度の開きに対して、収益は9倍も開きがあります。
その理由を、TwitterはFacebookのように小口の一般広告主に広告が解放されていないからと見る向きもありますが、前述のmixiとモバゲーの例も含めて考えるとこれは、根っこのところには心理学に根ざした要因があると思うのです。

ego(自我)と外界の間には、境界があいまいなトワイライトゾーンがある

心理学者の河合隼雄さんと小説家の村上春樹さんが、対談にてego(自我)とは別にself(自己)という概念があるのではないかという風に語っています。村上春樹さんは、次のように言っています。

”はっきりとしたことはまだ突き詰めてなくて、いま考えているところなんですが、ここにセルフというものがあって、ここにエゴというのがあるんじゃないか。で、ここに外界が周りを取り囲んでいるんじゃないか。”

ego
つまり、ego(自我)と外界の間には、self(自己)という境界があいまいなトワイライトゾーンがあるという指摘です。この村上春樹さんの言葉に対して、河合隼雄さんはself(自己)には環境も含まれるのではないかという話をします。

”だから、ひょっとしたらここは環境のほうも入ってるかもしれませんね。ある程度、うまいこと。(中略)だから例えば環境といっても、ここに座っている人とこのジュースとはずいぶん違うんです。例えば「僕のジュース」という言い方をするでしょう。ほんとは僕のジュースじゃないんだけど、僕のジュースといってもみんなおかしくないというのは、これを僕が飲んでもみんな怒らないからですね。ところがこの天井を僕の天井と言ったら誰も同意せんですね。だから「僕のジュース」とういのは、このトワイライトゾーンに入ってるかもわからん。”
(河合隼雄対談集「こころの声を聴く」新潮文庫より)

そして、Facebookに投稿されている内容は、だいたいが、ここでいうところのself(egoと外界の狭間にある環境)に該当するわけです。自分が訪れたレストランで撮影する料理の写真や、訪れた旅行先の写真、そして仲間内で飲んでいる風景など、ego(自我)に接しているself(自己)という環境の写真を投稿しているわけです。
ということは、Facebookの利用者は自分のタイムラインをselfそのものと捉えます。そこに流れたきたターゲティング広告をselfの一部としてとらえるため、反応が良いということになるのです。

一方のTwitterは、self(自己)の領域に係る投稿をするのは若年層だけで、だいたいは外界の話題(面白ネタやオピニオンによるコメントなど)を消費して楽しむプラットフォームです。つまり、Twitterのタイムラインは、self(自己)の外にある客観的な視点で見ているわけです。そのタイムラインに広告が流れてきても、閲覧中のテレビに流れて来る広告を見るのと、さほど変わらないのかもしれません。

self(自己)に属するSNSプラットフォームは利用者が最大化する

また、先日利用者数が4億人を突破したインスタグラムも、利用者がタイムラインをself(自己)としてとらえるソリューションです。自撮りや生活の一部を切り取った写真たちは、self(自己)を切り取ったソリューションと言えるでしょう。
そして、これらのself(自己)に属するソリューションは、利用者数が最大化する器と成り得ます。Twitterのアクティブユーザーが伸び悩むという話を聞いてから久しいですが、selfに属さない客観的なコンテンツを扱うソリューションは、3億人程度が上限なのかもしれません。

「日本ではiPhoneは流行らない」と言われていたことを覚えているか

筆者は、長期記憶が異常に発達しているので、だいぶ前の記憶を細かく覚えていたりします。例えば、1年前の飲み会で、誰々がこう言ったよねという発言を覚えていたりというようなことです。
その長期記憶をたどって思い起こすと、今世間でマジョリティになっているモノって「絶対流行らないよね」と言われていたなと思います。

「日本はガラケー文化が強いから、iPhoneは流行らない」

2009年頃、当時所属していた会社で、マーケティング担当の社員による社内セミナーがありました。テーマは「世界OS大戦争」という内容で、ちょうど昨年iPhone3Gが発売され、Androidも発表されたばかりだったので、今後どこのOSが覇権を握るのかというテーマでした。今では史上を独占したiPhone(iOS)とAndroidですが、2009年時点ではまだまだ勝負は分からないという雰囲気で、他にもWindowsやシンビアン (Symbian) などというOSもありました。(というか、2008年におけるスマートフォンのOSシェアはシンビアンがトップだったので、誰もiPhoneとAndroidがここまで世界を席巻すると思っていませんでした。)

講演が終わった後、セミナーを聞いていた社長が「それで、日本でもiPhone流行ると思う?」という質問を講師の社員に投げかけたのですが、その人は「いやー、日本はガラケー文化が強いから、難しいでしょうねえ」と答えたのですね。2009年当時は、スマートフォンを使っているのはギークの人たちやIT企業関連の人たちが圧倒的で、一般の人たちはまだまだフィーチャーフォンを使っていました。

そのとき、社長はその社員に「マッキントッシュが発売された当時も、コンピューターを1人1台持つわけがないと言われていたんだ。(当時コンピューターと言えば、企業向けの巨大なメインフレームコンピュータが主流。)
だから、今こうだから、流行らないと思うっていうのは当てにならないんだよ。」と話していたのですが、実際その後の経過を見ると、スマートフォンがフィーチャーフォンを押しのけてメインストリームとなったのです。

しかし、人の記憶とは塗り替えられるもので、2009年当時スマートフォンが流行ることに懐疑的であったことを、皆忘れていると思うのです。

Facebookはなぜつまらなかったのか

さらに同年行われた別のセミナーでも「Facebook」について話題が上がった時、参加者の一人が「日本はmixiが強いから絶対流行らないと思うけど」という話をしていました。調べてみると2009年時のFacebook利用者は139万人で、対するmixiは920万人となっています。確かにこの時点でFacebookがmixiの利用者を追い抜いて月間利用者が1000万人を超えるなど、予想できなかったでしょう。
ちなみに、Facebookのセミナーでは、講師に向かって上級役員が「Facebookの面白さが分からない。つまらない」と発言していた姿も記憶しています。(ついでに、脳科学者の茂木健一郎さんも確か同じくらいのタイミングで「面白さがさっぱり分からない」と言っていたような気がします。)
当時、日本でFacebookをしていたのは、ITか広告代理店の関係者が多く、仕事つながりの人たちが多かったように思います。ゆえに、フィードを流れるのは自分と関係の薄い職場の人間の投稿が多かったの、でつまらなかったのだと推察します。その後、仲の良い友達や身近な人が使い始めるようになり、だんだんと面白くなっていきます。(そして今は、つながりすぎて逆につまらなくなりました…。)
初期のFacebookは「登録から10日以内に7人以上の友人と繋がる率」を最重要KPIに設定して、そのために2年間の新規開発を止めたそうで「つまらない原因」を解決する的確なKPIに注力していたのですね。

ピーター・ティール言うところの「ほとんど賛成する人がいないような 大切な真実」

ということで、iPhoneがフィーチャーフォンに勝てないと言っていた人も、Facebookがつまらないと思っていた人も、今となっては記憶が塗り替えられて「最初からスゴかった」みたいなことになっている気がしますが、得てして市場を席巻するものというのは、最初は「流行らない、絶対だめ」と言われるものが多いのかと思います。ピーター・ティール言うところの「ほとんど賛成する人がいないような 大切な真実」ということなのかもしれません。

ちなみに、みんなが「来る、絶対来る」と言っているものは逆に来ない確率が高かったりします。ピーター・ティールも「ゼロ・トゥ・ワン」で再生可能エネルギーを例に出してあげていますが、今までを思い返しても「セカンドライフ」は何だったのかなと思いますし、誰も覚えていないと思いますが2011年あたりは「サブスクリプションコマース(定期購入)」が来ると言われていました。あと、ユビキタスやライフログだったり、バズワードとして広まるけれど実態はなんだったのかと思い返したりします。という理由から、IOTに関しても懐疑的な見方をしていたりしますが…。

出典:参考
http://www.find-job.net/startup/event_growth0726
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20091224_339368.html
http://gaiax-socialmedialab.jp/socialmedia/368

Facebookでセルフブランディングしている人に限ってヤバい

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冒頭から言い訳なのですが、このトリブログ、私の思ったことや所感などをつらつらと書いてきたのですが、1つだけ編集ポリシーがあったのです。

極力ネガティブなことと、人を中傷しないという・・・。

ブログのタイトルを書き出した時に、「Facebookでセルフブランディングしている人に限ってヤバい」ではなくて「パーソナルブランディングはどこへ向かうのか」というタイトルにしようと思ったのですが、いや、私が思うところはそうじゃないだろうと、単刀直入に簡潔なタイトルをタイピングし直しました。


Facebookで

セルフブランディングしている人に限って

ヤバい

です。

これはセルフブランディングしている人をディスろうとか、陥れようとか、そういうわけではなく、Facebookのセルフブランディングと、それを行う人の間にかいま見える相関関係を感じ取った故です。(因果関係ではなくて、あくまでも相関関係なのです。)

私の目の前に現れるセルフブランダーやセルフブランディストの方々が、お仕事などでお取引するとたいていヤバいのです。これが今のところ100発100中すぎて、逆に知的興味が湧いて同じことを思っている人はいないのかとググってみたのですが、全然見受けられないためにブログの筆を取ることになったのです。(実際はキーボードを叩いているのです。)

何個か例を挙げると、ものすごくソーシャル上でコメントを発信して各種イベントに登壇しちゃうような人が、いざ一緒に何かやってみると、あまりにもずさん過ぎてあっけに取られるとか(しかも、それは意図的としか思えないずさんさだったりとか)、、

「一つ一つ着実に積み上げて実現していこう」というような書込みをしているのに、実際にプロダクトを作ろうとすると、かなりいい加減だったりとか、、

毎日ツイッターで情報を発信し続けて、それなりの有名人になっている風の方と共同作業しても、全く対応してくれないとか、、、

と、これくらいで例を挙げるのを止めるのですが、ポカーンとなっちゃうことが多くて、この相関関係はなんだろうな。ふうむ。と思ってしまったわけです。

逆に、一緒にお仕事したり作業させてもらったりして、また一緒に何かやらせて頂きたいなと思える方ももちろんいます。
そういう人にかぎって、ほぼFacebook非アクティブユーザーで友達数も少なかったりするんです。

これってもしかしたら、「灯台もと暗し」なのかもしれません。一緒に作業やらお仕事させてもらうということは、その人(灯台)のふもとにいるわけです。しかしその灯台は、自分の足元ではなくて遠くの海原にいる数千人、数万人の人々に光を照らしてブランディングをしている。目の前の会議で、目の前の人の声に耳を傾けるよりは、手元のツイッターで数千人につぶやきを発信することの方が重要なのです。

しかし思うのですが、ブランディングは所詮ブランディングで、いくらブランドという名の皮を身にまとっても、皮が剥げてしまえば実態は露見するわけで「なにこの人。」って思ったら人は去っていくと思うんですよね。

むしろ、皮をむいてもむいても、中身が一向に現れない玉ネギだったりして・・・。ということで、今後もし同様の場面に遭遇したら、心の中で「この玉ねぎめ・・・」と呟いて溜飲を下げることにします。

※今ググったところ、灯台もと暗しの灯台は、海を照らす方ではなくて部屋の中にある行燈みたいなものを指すようです。でも、海の灯台の方がイメージつきやすいですねぇ。