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CLASSY.が「貧乏着回し特集」をやってはいけない理由

色々なネットメディアで話題になっているようですが、30代女性向けのファッション誌「CLASSY.」の着回し特集の設定が貧乏すぎると話題です。

詳細は、以下のリンクにありますが、主人公は入院中の母の治療費や弟の学費を負担しているため、支出を切り詰めており6畳一間のアパートで暮らす29歳の会社員。主食はどん兵衛という設定になっています。

「主食はどん兵衛」「母の治療費、弟の学費」…設定が貧乏すぎる?

この記事によると、貧乏設定にした理由は、今回の着回し特集が「GU」(ユニクロのファーストリテイリング社による低価格のアパレルブランド)を扱ったからということなのです。
しかし、これはちょっとやってはいけなかったんじゃないかと、思います。

かつてのメディアは、憧れという色眼鏡をかけてくれた

前にブログでも書いたのですが、メディアとは「こういう生活、ファッションが素敵だよ」というロールモデルの色眼鏡を読者にかけてあげるものでした。Cancam全盛期はエビちゃんOLというロールモデルを作り出し、そのファッションや生活の理想形を見せてあげる色眼鏡であったわけです。

メディアはどこに向かうのか 〜ライフスタイルの先導から共感へ〜



例えば、「ちょい悪オヤジ」というフレーズが有名な雑誌「LEON」は、年収2000万以上なければ送れないようなライフスタイルを打ち出していましたが、実際の購読者層は年収1,000万以下の読者が大半だったといいます。それは、年収1,000万以下の読者に対して、年収2,000万以上あるライフスタイルを見せてあげていたわけです。

この「Cancam」や「LEON」などのロールモデルを提示していた雑誌は読者に「憧れのライフスタイル」という色眼鏡をかけてあげていたことになります。

メディアは共感型に変わり”自分が素敵”だという色眼鏡をかけてあげるように

しかし、2000年代後半以降は可処分所得の急激な減少などに伴い、「憧れのライフスタイル」という色眼鏡をかけてあげるメディアは減っていきます。代わりに台頭してきたのが、共感型のメディアです。「ほらほら、こんな素敵なライフスタイルが良いでしょう?」という憧れの提示から「今のこのライフスタイルでも、十分素敵になれるよね」というような読者に寄り添う流れに変遷してきたのです。

ライフスタイルへの共感という眼鏡をかけることで「いまの自分のライフスタイルで良いんだ」という自己肯定感や、そういったメディアを見ている自分が、ちょっと素敵であるという認識を与えてくれるのです。
以前に「Hanako」が雑貨として親しまれているという話がありましたが、それも”オシャレなカフェなどの情報をゆったり楽しんでいる自分”に対して、価値を感じていたからではないでしょうか。

つまり、昔のメディアが東京タワーの頂上から「この東京タワーすごいでしょう」と呼び掛けていたとしたら、今のメディアは「これで良いんだよね」と、読者を3センチ浮かせてくれるコンセプトへと移り変わってきたのです。

「CLASSY.」の貧乏着回しは、読者にどんな色眼鏡をかけるのか

それでは今回の「CLASSY.」の貧乏着回し特集は、読者にどんな色眼鏡をかけるのでしょうか。それは「GUを着ている人は貧乏である」という色眼鏡です。GUを着ている読者を「GUで良いんだよね。素敵だよ。」と寄り添うのではなく「生活に困っているから、GUを着ているんだよね。」と上から突き放す形になっています。

GUやユニクロ、そのほかZARAなどのファストファッションの着回し特集は、どこのファッション誌でもマストとなっている特集です。しかし、メディアは読者を肯定してあげて、3センチ浮かせてあげるべきであって、読者のライフスタイルを否定するべきではないのです。

ネットメディアなどの外部から見れば、ただのネタ系特集に見えますが、読者はどうとらえるでしょうか。おそらく「えっ?」と思うはずです。「わたしGU着てるけど、GU着てるのって貧乏なの??」と。
そして、その「えっ?」が数回積み重なるたびに、少しづつメディアから離れていってしまうのではないでしょうか。

ということで、メディアの役割とは、読者を3センチ浮かせてあげることであり、見せるべきロールモデルが崩壊した今となっては、共感型として寄り添うべきだと思うのです。

これをここに貼るべきか迷ったのですが、ここ1年の発行部数を調べてみると1年前に比べて9万部も部数が減っているのです。やはり、これは読者の共感を得られていない証左ではないかと思うのですが。
しかし、その前の8年間で「Classy.」はファッションのベーシック化の流れを受けて10万部の発行部数を積み上げており、1年前までは最もアラサーに支持されるファッション誌だったように思うのです。

図1
データ出典:http://www.j-magazine.or.jp/data_001.php

メディアはどこに向かうのか 〜ライフスタイルの先導から共感へ〜

メディアって何だろう

昔から雑誌が好きで、書店の雑誌コーナーに通っては、ラックの上から下まで目についた雑誌を手に取り、ページをパラパラをめくっていた。雑誌メディアとは何だろうと、改めて考えたときに、一番当てはまるメタファーは「色眼鏡」なのかと思う。

ヨガといえば、女性がフィットネス的に楽しめるアクテビティだ。しかし、ヨガはその昔、オウム真理教の影響もあり、うさんくさい目で見られていた。しかし、2004年にヨガの専門誌「Yogini(ヨギーニ)」が創刊されると、体に良くて痩せてキレイになるフィットネスとしてブランディングされ、一気にヨガ市場が拡大したのだという。LINEの田端さんのインタビューで見かけたエピソードだ。

この「Yogini(ヨギーニ)」というメディアが果たした役割は、ヨガというアクティビティを、「痩せてキレイになれる」「体に良い」「オシャレ」というフィルターをつけて見せてあげたことだと思う。「ヨガはオシャレで体に良いよ」という色眼鏡をかけてあげたのだ。色眼鏡をかけるとは、メディアが特定のテーマに対して、読者に提示する視点を提供してあげることであり、メディアが支持されているということは、メディアの色眼鏡(視点)を装着したいと思う人が多いということだ。

吉祥寺も自由が丘も、定量的にはただの街だけれど、Hanakoという雑誌メディアの色眼鏡をかけると「探索するのが楽しいオシャレな街」ということになる。

メディアとはコミュニティ(ビオトープ)だ

「メディアの色眼鏡」をかけたいという人が集まってくると、メディアはコミュニティ化する。コミュニティにあらずとも、なんとなく同じ色眼鏡をかけた人たちが集まってきて、それぞれのビオトープ(生息圏)が出来る。例えば、Hanako世代という言葉があるけれど、1980年代後半に20代だった女性は、雑誌Hanakoによって消費傾向に影響を受けていたという。自分が好きなものを買って、自分が好きなところへ旅行に行く。そんな自由な消費スタイルという色眼鏡をメディアが打ち出すと、それに影響を受けた層がゆるく集まってビオトープ(生息圏)のようなものが出来る。

メディアのコミュニティ(ビオトープ)化には、2つの手法がある

メディアのコミュニティ(ビオトープ)化に至るには2つの手法がある。1つ目は、メディア自身が色眼鏡を定義し、それを啓蒙すること。先ほどの80年代の「Hanako」における自由な消費スタイルなどがそれにあたる。さらに、2000年代半ばに赤文字系雑誌の「Cancam」を通して流行した「エビちゃんOL」も、コンサバ系OLファッションに身を包んで髪の毛はゆるい巻き髪をするという色眼鏡を定義して啓蒙していた。ロハスで自然な暮らしを提案する「リンネル」や「クウネル」と言った雑誌も”ロハスで自然な暮らし”という色眼鏡を読者に提供している。

この手法を広めるにあたって有効だったのが、メディアの色眼鏡の象徴(アイコン)となる人物を設定することだ。例えば、「Cancam」の「エビちゃんOL」の象徴(アイコン)は文字通りモデルの蛯原友里であり、ビオトープにいる読者たちは「コンサバOLになりたい=蛯原友里が象徴」という明確なゴールが出来る。

コミュニティ(ビオトープ)を形成する2つ目の方法は「体系的な知識を必要とする閉じたサロンを作ること」だ。雑誌で言うと音楽雑誌の「ROCKIN’ON JAPAN」を読んでいる人たちは「かなり音楽に詳しい人」であり、日本の音楽シーンの歴史年表がある程度体系的に頭に入っていて話が出来る(どこそこのバンドは、どこそこのバンドを影響を受けている)前提になる。
その雑誌を読んでいることが、コミュニティ(ビオトープ)に入るための入場券になるのだ。同様に「STUDIO VOICE」を読んでいる人は、サブカルチャーに詳しく、日本のサブカル誌についての知識がある程度体系的にある前提となる。
(体系的な知識を必要とする という前提でいうと政治経済ニュースにも当てはまり、NewsPicksもこの構造にハマる気がする。)

メディアのコミュニティ(ビオトープ)化の終わり

メディアが読者に色眼鏡をかけて、コミュニティ(ビオトープ)化していたのは、2000年代半ばくらいまでだったと思う。2000年代後半以降はメディアを取り巻く定義は激変した。それは主に以下の点に集約される。

1.数十万人たちをくくれる色眼鏡が消滅した

現在において「Hanako世代」や「エビちゃんOL」など、メディアの色眼鏡をかけたビオトープ圏をくくれる言葉は存在しなくなった。人々の消費行動やライフスタイルを、一つの大きな枠で括られなくなったのだ。言い換えると、人々はライフスタイルにおけるロールモデルを必要としなくなった。cancamは最盛期は80万部を超えており、購読者層はコンサバエビちゃんOLを目指していたが、現在において数十万人をひとくくりに出来るメディアの色眼鏡や、象徴としてのロールモデルは存在しない。

2.体系的な知識を必要とするサロン的メディアは解体された

体系的な知識を必要とするサロン的メディア、例えば映画雑誌や音楽雑誌などは次々と廃刊となり、特定のジャンルにおいて濃い知識を持ち寄って、サロン的に動いていたメディアは解体された。2000年代にはミニシアターブームもあり、都市部には「ある程度カルチャーを分かっておくべき」的な空気感があったが、現在においては「面白ければいいじゃん」的なノリで体系的な知識が必要とされるメディアは皆無に等しい。

メディアはどこに向かうのか

コミュニティ化(ビオトープ)が終わったメディアは、色眼鏡を読者にかけるのではなくて、単に「情報」を提供し始めた。特にファッションにおいては、ファッションの潮流がベーシック化になる流れを受けて、逆に色眼鏡を設定することが購読者層獲得にマイナスに働くからだ。ファストファッションの台頭により、ファッション誌はGUなどのプチプライスのアイテムをメイン特集にするなど、読者の消費環境に寄り添った特集記事を”情報”として提供し始めた。(これは、2000年代まではメディア主導でライフスタイルが作られていた動きから見ると、真逆の動きと言える、。)
もしくは、雑誌に特典付録という麻薬的なアイテムをセットにすることにより、紙メディアの部数を伸ばそうと試みた。

このように、雑誌がライフスタイルについてのロールモデルを主導する時代は終わり、消費者の消費行動に即した等身大の「情報」を提供するようになった。(そして、それは消費者に受け入れられ、雑誌を定期的に購読する層であった現在の30代、40代をターゲットとしたファッション誌などは部数を伸ばしている。)

しかし、一部の雑誌は今もまだそれぞれの雑誌固有の色眼鏡を提供し続けて、読者はその色眼鏡をかけたいと親密な関係を結んでいる。「ブルータス」といったカルチャー誌や部数を維持している「Hanako」などもそうだ。主婦向けの「Mart」なども主婦たちのコミュニティが形成され、そこから新商品が登場している。
これらを見ていると、読者は雑誌が提供するロールモデルに従っているのではなく、雑誌の提案するポリシーや空気感に「共感」を抱いているように感じる。成功しているカルチャー誌のキモは、メディアが提案するポリシーや空気感を「共感」を持って受け入れてもらえることが大事なのではないだろうか。

▼続き
メディアはどこに向かうのか2 〜ネットメディアにコミュニティ(ビオトープ)は存在するか?〜

スターバックスに学ぶ顧客全包囲のメディアの作り方

スタバの売上はドトールグループの2倍近く!?

一人で作業したり、Wifiを使いたかったりでスターバックスに行くことが多いのですが、都内やその近郊では圧倒的にスターバックスの数が足りないと思うんですよね。常に混んでますし、当初は席の間にゆとりがあってくつろげる空間というコンセプトだったと思うのですが、今ではけっこう寿司詰め状態になっているところが多いです。(特に電源設置のカウンターあたり)

スターバックスの店舗推移を見ると、年々順調に増えていて2014年3月期には1034店舗と全国1千店舗の大台を超えているのですが、それでも都市部では需要に供給が追いついていない気がしますね。

ちなみにドトールグループ(ドトールにエクセルシオール等も含む)は2016年3月末時点で1339店舗(2016年)で売上が684億9千万(2015年)に対して、スターバックスは1034店舗で売上1256億6千万(2014年3月期)なので店舗数ではドトールグループの方が上ですが、スターバックスは2倍近く売上があります。スターバックスの方が単価が高いことは予想できますが、さすがにこの売上差は店舗あたりの来店数にもかなりの差があるのではないかと推測されます。

店舗数

売上高

※(単位 百万)スターバックスは2014年度の数値。ドトールグループは店舗数は2016年の数値、売上高は2015年の数値を使用

訪れる人によって提供する価値が異なるスタバ

何故こんなに集客力があるのかというと、スターバックスは訪れる客層によって提供する価値が異なるからです。例えば放課後のスターバックスは女子高生の溜まり場(筆者は放課後の学生をマクドナルドからスターバックスが奪ったと思っています)になっていますが、彼女たちにとってのスタバはフラペチーノを提供するスイーツ店です。今の季節、スタバにいる学生を見ると、みんな新作フラペチーノを片手にお話しに来ています。
そして、ノマドな人たちやフリーランス、ビジネスマンにとってはwifiや電源もあるので仕事場になっていますね。
私はこの2タイプがスタバの2大顧客層だと思っているのですが、さらにここから都市部か郊外かによって、客層が分かれてきます。都市部であれば軽いランチを取りに来るOLさんや、簡単な商談をしているビジネスマン、郊外であれば買い物の途中で休憩しにきた主婦や、勉強をしに来た学生などなど。これらの人は、スタバという一つの存在をそれぞれ違う確度から見ているのです。

■みんなにとってのスタバ

女子高生
フラペチーノを提供するスイーツショップ
求める価値は「美味しいフラペチーノ」
ノマドやフリーランス
仕事をするところ
求める価値は「Wifiと電源」
ビジネスマン
簡単な打ち合わせをしたり、営業の間に一息つく
求める価値は「緩和剤としての珈琲」
OL
ダイエット中なのでスタバで簡単にランチを
求める価値は「高いから1個しか買えないサンドイッチ」
買い物途中の主婦
買い物の途中に一息つく
求める価値は「おやつとしてのスイーツ」
勉強をしに来た学生
スタバを勉強部屋として使用
求める価値は「長時間座れる机と椅子」

このようにスタバはそれぞれの顧客の望む価値を提供しているのです。打ち合わせするビジネスマンは、会話の緩和剤としてコーヒーがあれば良いのでフラペチーノは頼みません。ノマドやフリーランスもスタバの使用頻度が高いので、単価の高い飲み物よりはWifiと電源を求めます。

それでは、ドトールはどうかというと、これらの顧客の中でビジネスマンとOLの要望しか満たせないのではないでしょうか。フラペチーノのようなキラースイーツがないので学生は集客できないですし、wifiや電源環境も万全ではないのでノマドやフリーランスも来ません。長時間居づらいので、勉強をしに来た学生にも不向きです。(最近は白ドトールという電源完備のゆったりとしたドトールも増えているようですが)

ということで、スタバの強さというのは、それぞれのニーズに合わせた価値をちゃんと提供できているというところにあるんですね。これはコーヒーショップという店舗以外にも応用できる話で、例えばWebメディアにも同様のことが言えます。趣味嗜好の違う人向けにたくさんの記事コンテンツを用意することで自分のお気に入りの記事を見つけてもらい、ファンを増やして行くという手法です。

音楽メディアの「ナタリー」は、音楽やアーティストに関するオールジャンルの記事コンテンツを大量に発信していますが、代表の大山氏の著書の中でもこのような形で語られています。

見つけた話題にフィルターをかけず、可能な限り全部のニュースを紹介するのが自分の理想だ。そもそも送り手が受け手の欲しいものを把握するなんてことは不可能だし、もしそれができるとおもっているなら送り手側の傲慢だと思う。
(中略)
「ナタリーって○○だよね」というイメージも、読んだ人の数だけあればいい。我々は徹底的に無色透明な存在でありたいと思っている。

とうことで、一定のジャンルはくくりながらも、可能な限り全方位の価値を提供することが集客の最大化に繋がるということでした。ただ、スタバはこの状態を最初から狙ったわけじゃなくて、なんとなく成り行きな部分も含むのではと思っていますが。

▼オウンドメディアの企画運用を承っております。お問い合わせはこちらまで
https://torino-inc.jp/

参考URL
https://www.doutor.co.jp/about_us/ir/report/kessan.html
http://www.starbucks.co.jp/ir/highlight/

メディアブランディングをするために、ウェブメディアに必要なこと。

先日のブログにて「メディアとは世の中のモノやコトにメディアという色つきのフィルターをつけて、見せること」だという内容を書きました。そして、このフィルターの色の種類や強さが、メディアのブランディング力となります。
メディアのブランド力がある代表的なものは、マガジンハウスの「ブルータス」などの雑誌です。雑誌は1つの特集について1冊という風にパッケージされているので、メディアの特色を打ち出しやすい構造になっています。しかし、WEBメディアは1つの記事単位で記事が流通する仕組みになっています。ゆえに、メディアブランディングがしづらいのです。ウェブメディアで、どうメディアブランディングをしていけば良いかを考えてみたいと思います。

1 記事で扱うコンテンツの内容と視点。それがメディアの空気を形成する

まずは扱うコンテンツの内容です。「麻素材、トートバック、リンネル、陶器のマグカップ」と言われたらどことなくナチュラル系の雑誌を思い浮かべるのではないでしょうか。逆に「レースワンピ、ヒールパンプス、ファーバッグ」とい言われたらファッション誌かつ、赤文字系の雑誌かなと思うのではないでしょうか。これら、どういう内容を扱うかの選別によってメディアの方向性が定まってくるのですが、さらに大事なのはそれをどういう「視点」で届けるかということです。

例えば、指輪特集があったとして、赤文字系雑誌、ナチュラル系雑誌、ラグジュアリー系雑誌の3誌が特集を組んだとします。この点において扱うコンテンツの内容は「指輪」という点で一緒になりますが、見出しをつけるとこんな感じになります。

●赤文字系雑誌
「クリスマス本番!彼氏へのおねだリングはどれにする?」

●ナチュラル系雑誌
「不格好な風合いがやさしい。クリエイターによる1点ものの指輪たち」

●ラグジュアリー雑誌
「セレブに愛される。ハリーウィンストンの秘密」

赤文字系雑誌の得意技といえば、モノの名前と名詞を組み合わせて造語を作ることです。「おねだり」と「リング」を組み合わせた「おねだリング」というのは、実際赤文字系雑誌で目にしたきゃっち。ナチュラル系雑誌は、それほど高価格帯ではないモノの背景や良さを訴えかけます。そして、ラグジュアリー誌は、高級ブランドとセレブとの関係や、ブランドの歴史を語りたがります。

ということで、コンテンツの内容が一緒でも、その視点によって全く記事の方向性は変わってきます。この視点の切り方は「メディアとしてこう行きますよ」というメディア側のメッセージでもあるのです。Webメディアではよく、記事単位で流通するため、メディアを印象づけようと末尾にキャッチコピーを入れるというハック的な技がありますが、それはコンテンツの内容と視点が一貫していて初めて効果が出てくると言えます。

2 力を入れるべきソーシャルは、だんぜんFacebook

そして、メディアへの流入経路のひとつとしてソーシャルがあると思いますが、力を入れるべきは今のところ断然Facebookです。以前にFacebookとTwitterの違いを説明したのですが、Facebookはより自分自身に関わりある情報がタイムラインに流れてくるとユーザーが認識するプラットフォームです。Facebookに流れてくる情報は、共感を得やすいのでメディアブランディングがしやすいのです。
具体的にはFacebookページを作成して「いいね!」を獲得することになりますが、年齢、属性といったデモグラフィックとともに、キーワード単位での興味セグメントが切れるため、広告配信を的確に行いやすくなっています。(しかし、キュレーションメディアは、のきなみFacebookに力を入れているため、単価は上昇気味です。)

ということで、webメディアでメディアブランディングをするための2つのポイントを挙げてみました。

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メディアとは、フィルターを通してモノゴトを観せること

鎌倉の日帰りホテル「ホテル ニューカマクラ」が人気の理由

鎌倉といえば、外国人観光者や関東近郊に住む人々が訪れる観光地として人気なスポットです。鎌倉駅のほど近くにあるのが「ホテル ニューカマクラ」という素泊まりのホテルです。公式サイトによると、戦前は格調高いホテルだったそうで、芥川龍之介と岡本かの子の出会いの地であったそうです。(ちなみに公式サイトには、派手なサービスや宣伝することなく、ひっそりと時を刻んだこのホテルが共感を得ているのは、その魅力にハマってしまったファンたちの口コミによるものだとか。的なことが書いてあるのですが、公式サイトなのに「○○だとか。」と、まるで他人事のように書いているのが良いですね。)

10年ほど前に、この素泊まりのホテルに泊まったことがありまして、確かに建物や内装がモダンだし歴史を感じさせるのですが、素泊まり食事なしにしては高いし、お風呂は共用だし、という感じでした。
なぜ、このホテルに泊まったかと言うと、本屋で立ち読みしたファッション誌「SPUR」に掲載されていたからです。ホテルの内装の写真が見開きで大きく掲載されていて、光と陰影が幻想的な感じで表現されていたのです。
この写真を見て「ホテル ニューカマクラ」に泊まってみたいと思ったのですが、これは「SPUR」というメディアの力によるものだと言えます。もし、タウンワーク誌に掲載されていたら、ただの旅館情報に見えたでしょう。しかし、「SPUR」というラグジュアリーファッション誌というフィルターを通してこのホテルを観たからこそ、素敵に輝いて見えたのです。

このように、メディアとは世の中の有象無象のモノゴトを、メディアの色がついたフィルターを通して見せる役割があると言えます。このフィルターは、メディアのブランド力とも言えるかもしれません。

メディアは、今は注目されていないモノやコトに、スポットライトを当てられる

このメディアというフィルターの中でも、強力なものが「ブルータス」というフィルターです。「近江屋洋菓子店」という、戸棚から出てきそうなイチゴたっぷりのショートケーキが名物の洋菓子店がありますが、「ブルータス」の「美味しいケーキの教科書」の表紙になりました。昔ながらの洋菓子店に「レトロ可愛い」というフィルターをかけることによって、そこに行ってみたいという気持ちを喚起してくれるのです。

そう考えると、メディアは、今のところ誰にも注目されていないモノ・コトを、メディアというフィルターをかけることによってスポットライトを当てることが出来るツールです。ちなみに、「ブルータス」No812はスナック特集で、表紙には大きく「スナック好き。」と書かれており、「糸井重里が語る、我が青春のスナックとスナック芸。」に始まり「編集者が福岡にスナックを作りました」(作った後、そのスナックはどうなったんだろう。)、「ご当地スナック事情。」とスナックづくしの一冊です。

ケーキという題材は、ブルータスでなくとも雑誌やウェブメディアに掲載されていれば「行ってみたい」を喚起できそうですが、スナックをフィーチャーして「行ってみたい」を喚起できるのは、ブルータスだからこそと言えるのではないでしょうか。

紙メディアは一連の流れがあるので、一つの特集を打ち出しやすく、メディアのフィルターを表現することが出来ます。しかし、webメディアは記事単位で流通するので、メディアとしてのフィルターを確立しづらい立ち位置にあります。次回は、ウェブメディアのフィルターはどう作るべきなのかについて、解説してみます。

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出典
http://www.newkamakura.com/room.asp
http://matome.naver.jp/odai/2142296127875383901
http://magazineworld.jp/brutus/brutus-812/