落語とミステリー小説が似ている理由

ミステリーの叙述トリックのごとく、情報を欠落させる落語

落語家の立川志の輔さんの新春落語を観に行ったのですが、はじめて落語を観たんですね。そして、大変に面白かったのですが、立川志の輔さんが「落語って不思議なもので、実態がないんですよ。舞台装置もなくて、人も一人しかいない。じゃあ実態はどこにあるのかってお客さんの頭の中にしかない。」っていう話をされていて、確かにそうだなと思いました。

落語は派手な舞台美術もなく、落語家さんが一人で座布団の上に座って、話をするだけなんですね。だから、落語という芸能において、コンテンツはどこに存在するのかと言われると、お客さんの頭の中にあります。
落語のしくみは、落語家さんが話の情報をわざと欠落させた上で、お客さんの想像の裏をかいて笑わせるというものです。立川志の輔さんの落語のワンシーンでこんなものがありました。

「先生、最近毎朝コーヒーを飲むたびに目が痛いんです。そんな病気あるんでしょうか。」
「コーヒーを飲んで目が痛い?どれ、毎朝どんな感じでコーヒーを飲んでいるか、ここでやってみてください。はー、なるほど、コーヒーカップに、コーヒーの粉を入れて、お湯を注いで、かきまぜて、飲む、飲む、飲む・・・。ってあなた、原因が分かりましたよ。」
「原因が分かったんですか?」
「そりゃ、目が痛くなりますよ。あなた、コーヒーを飲むときは、スプーンを取って飲みなさいよ。」

ということで、オチはコーヒーカップをかきまぜたスプーンを取らないから、それが飲むときに目に刺さっていたということなんですね。ここで興味深いのは、ミステリーの叙述トリックのごとく、さりげなくコーヒーをかきまぜるという表現によってスプーンの存在を示唆するものの、明示はしてないんですね。コーヒーを飲んでいる人の情景を見ている側(先生)が描写することによって、観客はこういう風に飲んでいるんだろうなという情景を想像するようになります。
観客の想像の中ではコーヒーのスプーンという存在は欠落しており、最後の先生の一言のせいで、自分の想像の中にコーヒースプーンが目に刺さっているという状況が足りなかったことに気づき、その意外性の落差によって笑いが生まれるのです。

ということで、落語はあえて「言わない、見せない」ことによって、観客の想像力にゆだねて、最後のオチでその想像の裏をかいて意外性で笑わせるという構図になっています。

コンテンツが明示して存在しないことにより、お客さんの頭の中にコンテンツが生まれるのです。

落語は演者が一人、小道具もセンスと手ぬぐいだけ、さらに演者はざぶとんに座っているので上半身のアクションしか取れないという、究極にコンテンツが省かれた演芸です。逆にいうと、その分お客さんの想像という余白が入る余地が大きいので、そこに笑いが生まれる余地があるということになります。

これに、下半身の動きを加えて演者をもう一人増やすことにより、表現領域が広がったものが漫才とかコントなのだと思います。

小説なども同じく、あえてコンテンツの箇所を抜いて余白を作ることにより、読み手に想像させるという作りになっています。例えばこのような文章があったとします。

A氏はエレベーターに乗り込むと5階へ向かうボタンを2、3度連打した。エレベーターのドアは朝晩開閉されるお城の門のように、重々しく締まった。A氏は3分前にも眺めた腕時計に再び視線を落とした。エレベーターの乗降スピードはまるで亀の歩みのように感じられた。

この文章中には、A氏は急いでいてイライラしている。という直接的な表現はありませんが、A氏のしぐさや比喩の表現により、A氏が急いでいてイライラしている情景を想像することが出来るのです。

こういった表現からA氏の心情を察することは文脈を読む力であり、国語のテストでも「A氏のこの時の気持ちを次の4つから選べ」みたいな問題が出てきます。

ちなみに、前にも日本人は特に言葉遊び好きで文脈を読むことに長けているというブログを書いたことがあるのですが、近年は文脈を紡がないでそのまま描写するコンテンツが増えてきているように思います。ライトノベルや電子コミックで人気の漫画などを見ると、読者の想像にゆだねる余白はなくて、全てを書き切っている、イメージです。主人公が悲しい時は主人公に悲しいと言わせ、くやしいときはくやしいと言わせるんですね。

落語のようにコンテンツの引き算(余白)がない場合は、コンテンツの強さそのもので表現することになり、過激な方向に進む傾向があるように思います。電子コミックの人気タイトルもデスゲームとかグロなどの、存在自体が強いコンテンツになっていると思うのです。食べ物に例えると落語はだしをひいたおすまし、電子コミックは豚の背油が入ったラーメンでしょうか。

ということで、コンテンツを100%表現しきるか、あるいは表現を間引くことによりお客さんの頭の中に存在させるのかというお話でした。


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