メディアはどこに向かうのか2 〜ネットメディアにコミュニティ(ビオトープ)は存在するか?〜

先日「メディアはどこに向かうのか 〜ライフスタイルの先導から共感へ〜」という記事を書いたが、雑誌メディアに限定した内容だった。
内容をまとめると、雑誌メディアは、メディアが提示する色眼鏡(コンセプト)を支持する人たちが集まり、コミュニティ(ビオトープ)化していたが、2000年代後半以降はそれが解体されたという内容となっている。

ニワトリが先か卵が先かという話になるが、雑誌メディアにおけるコミュニティ(ビオトープ)の解体は、ネットメディアの成長と比例している。ネットメディアの隆盛にはコミュニティ(ビオトープ)は、存在するのだろうか。

コンテンツは、入れ物(ソリューション)によって変容する

コンテンツが入れ物(ソリューション)によって変容するというのは、長らく変わらない真理だ。例えば動画というコンテンツは、映画館という入れ物の中では2時間くらいの長さが妥当だった。その後テレビという入れ物が登場すると、お茶の間に集まった家族が楽しめるように30分や1時間尺くらいの番組が多くなった。そしてネット動画が普及している今となっては、人気の動画は1分程度の尺になった。入れ物の箱(ソリューション)が映画→テレビ→ネット(スマホ)という風に変容するに伴い、動画コンテンツはどんどん短い尺になっている。
それでは、メディアは紙という入れ物からネットに移行するにあたって、どのような変化があったのだろう。

ネットという入れ物によって変容したメディア

ネットメディアになってから、メディアはこのように変わった。

1 メディアとしてのコンセプトを打ち出し辛くなった

雑誌メディアは、1冊の本から成る。これは、1つの本として全体の流れを作りやすい構造だ。1冊の雑誌の中で起承転結をつけることにより「私たちのメディアはこうだ」というコンセプトを打ち出し(色眼鏡をかけ)やすい構造になっている。一方、ウェブメディアは、細切れの記事単位で構成されている。そして読者は、検索結果で表示されたり、ソーシャルでシェアされた個別の記事単位を閲覧することになる。メディア全体の中で起承転結をつけることは難しく、一定のコンセプトに沿った文脈を個別の記事に載せることになる。ウェブメディアの記事は、情報が情報として流通することを目的とされた箱なのだ。(前回の記事にもあるが、雑誌メディアも情報を情報として流通させる形態に変化してきており、雑誌のウェブ化と言えるかもしれない。)
しかし、複数の記事単位で構成されたウェブメディアでも「私たちの媒体はこうだ、こういうコンセプトだ」という色を少しづつ載せることは出来る。読者は、グーグルの検索結果やSNSでシェアされた記事に接触し、それが複数回行われるうちに、そのメディアを気に入ってトップページをブックマーク(あるいはアプリをダウンロード)するかもしれない。

2 ライフスタイルの提示から、読者へ寄り添う形へ

雑誌メディアの特徴は、メディアが主導するライフスタイルやロールモデル(Hanako世代、エビちゃんOL)を提示することだった。メディアの主導により、ファッションだったり、ライフスタイルにおけるブームが作られていた。しかし、ウェブメディアはライフスタイルやロールモデルを提示することはなく、読者の共感を誘うようなコンテンツがメインとなる。(これも前回の記事にあるが、雑誌メディアも最近はこういう流れがある。)

これはウェブの集客方法に起因する。ウェブメディアの集客方法はSEOかSNSでの集客に2分される(が、ほとんどSEOだ)。SEOで集客を行うということは、読者の検索需要がある記事を逆張りして作るということになる。すでに読者が読みたいというニーズがある記事を作成するのだから、読者の共感を誘うコンテンツがメインとなるのだ。ソーシャルの場合でも「いいね」をするということは、共感を抱いているということだ。いずれにしろ、共感を誘うコンテンツを作れるかどうかがカギになる。

ネットメディアにコミュニティ(ビオトープ)は存在するか?

ネットメディアにコミュニティ(ビオトープ)は存在するのだろうか。前回のブログをアップしたところで佐々木俊尚さんにツイッターで紹介していただき、こんなコメントをいただいた。


ネットメディアはバーティカル化し、そこでコミュニティ(ビオトープ)は形成されるという。しかし、私の個人的な感覚では、コミュニティ(ビオトープ)を形成しているバーティカルなネットメディアが、どれなのか良く分からない。例えばクオリティの高い1次情報メディアはあるかと思うと、それはあると思う。例えば、音楽情報を提供する「音楽ナタリー」がそうだ。代表の方の書籍も読んだことがあるが、ナタリーは記者自らが原典にあたり、情報が足りないと思えば電話などでも追加取材をしているという。しかし、コミュニティ(ビオトープ)を形成しているかといえば、そうでもない。それは、情報の網羅性にある。ナタリーは、ジャパニーズポップスからアイドル、ロックバンドに至るまでありとあらゆる音楽ジャンルの情報を網羅している。それは、読み手が見たいコンテンツを提供するというナタリーの編集方針でもあるらしいのだが、情報を網羅しているだけに、読者のスタンスは好きな音楽情報の入手先であり、コミュニティ化はしていないように思う。
ネットメディアの「オモコロ」も大変に面白いメディアではあるが、そこでコミュニティが形成されているかというと、そうでもないと思う。「オモコロ」は、カルチャーの枠を超えて万人が心の奥底でフフッとなれるコンテンツを提供しており、読者は「オモコロ」のフフッとなるコンテンツを見て、フフッとなっているだけな気がする。

と、考えた時、コミュニティ(ビオトープ)を形成しているバーティカルメディアとは、一体どこにあるのだろうか。それは、存在するのだろうか。
ここまで書いておいてなんだが、きっと私の知らないところで、それは存在するのかもしれないと思う。ネットメディアが紙メディアに比べて大きく異なる点は「それを好きな人はよく知っているが、知らない人は知らない」というタコツボ化である。雑誌「BRUTUS」の発行部数は10万部に満たない(96,805※)が、「BRUTUS」に熱心なファンがいてとても偉大な雑誌であることはもっと多くの人が知っている。雑誌メディアは、実際の発行部数が小さかったとしても、外部の人々によるブランドの認知はされている。だから、周囲を見渡せば、あそことあそこにコミュニティ(ビオトープ)があるんだなということが分かる。

しかし、ウェブメディアは見渡してもコミュニティ(ビオトープ)の形成はわからない。おそらくそれが月間100万人の訪問があったとしても分からない。きっと月間1,000万人が訪問くらいになって、初めて外部の人たちが「こんなメディアがあるのか」と認知するレベルなのだと思う。
ということで、バーティカルなウェブメディアのコミュニティ化(ビオトープ)は、それぞれにひっそりと進行しているのかもしれない。

http://www.j-magazine.or.jp/data_002/m2.html

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