日別アーカイブ: 2017年11月3日

新しいテクノロジーが、不便をもたらす理由

新しいテクノロジーは、一般的に生活を便利にすると言われています。例えば家電の登場により家事が楽になったであるとか、携帯電話の登場によりいつでもどこでも連絡がつながるようになったとか、常に新しいテクノロジーの登場によって便利さがもたらされてきたとされています。

しかし、実はそれほど便利ではないのです。
便利かどうかの判断というのは、それを使っていて「便利だなぁ」と思う人間の主観が入って完成します。今、毎日のようにスマホを触っていて「スマホがあって便利だなぁ」と思う人はいないでしょう。なぜならばスマホがある生活というの、みんなにとって「普通」になってしまっているからです。

と、このように新しいテクノロジーの登場後しばらくは「便利だなぁ」と思いながらその恩恵を受けることになりますが、やがて時間たってくるとその状況が常態化して「普通のこと」になるので、特に便利だとは思わなくなるのです。

そして、テクノロジーの恩恵が常態化すると、現在が便利であるのではなく、以前が不便であったということになります。私たちは今スマホを手放した生活は考えられません。スイカなどの交通電子決済カードがなくなるのも無理な話です。さらに、冷蔵庫や掃除機などの家電製品がなかった時代の生活に戻ることも絶対できません。テクノロジーの発達による流れは不可逆なのです。

これはお金持ちに少し似ています。年収数百万円代の人は、年収一千万以上の人を「お金持ちで羨ましい」と思いますが、年収一千万の人はその状況が本人にとって普通であるため「年収一千万もあってありがたないなあ」とはそれほど思いません。むしろ年収数百万円代に減ってしまうことを不便だと感じるでしょう。この流れも不可逆なのです。

このように新しいテクノロジーの恩恵を受けている人は、それを「普通」と感じ、過去のことを「不便」と感じて不可逆になります。しかし、古いテクノロジーにとどまっている人たちは、自分たちの状況を「普通」と感じます。
現在あらゆるところで、この層の二極化が起こっているように思います。

例えば電子決済です。少し前に社会学者の方が「コンビニで現金を使う人は頭が悪い」という発言をしたとして話題になりましたが、この社会学者の方にとって電子決済というテクノロジーは「普通のこと」なので、現金を使っている人たちとその状況を「不便」であると感じるのです。
(付け加えると、レジに並んでいる人に現金派の人がいれば、待ち時間が長くなるため電子決済派の人は不便を感じやすい構です。)

仕事の面においても、仕事上のコミュニケーションとしてチャットという新しいテクノロジーが登場しています。IT企業を中心としてチャットワークやslackなどのチャットツールで仕事をしている企業が増えていますが、それでも以前メールを使っている企業がたくさんあります。これも、チャット派の人からすると「メールなんか、たるくてやってられない」と、不便を感じるわけです。

産業革命以降、交通・物流の発達や、家電の発達、スマートフォンという情報電子機器の発達あたりまでは、全員が同じエスカレーターに乗ってテクノロジーを享受していたため、この分断が見られなかったのですが、ここに来てさらに新しいテクノロジーの便益を受ける人と、そうでない人たちとの間に溝が生まれつつあるように思います。

しかし、冒頭にあるように新しいテクノロジーから受ける生活は不可逆になるため、この差がうまることはなく、もっと広がっていくでしょう。この両者の差はお金持ちとそうじゃない層の差にも似ているという話をしましたが、貧富の二極化という傾向に加えてテクノロジーに対して乗るかそるかの二極化というのも広がっていきそうです。