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キングコング西野さんが言うところの「人気タレント」と「認知タレント」の違い

キングコング西野さんのブログ「『認知』と『人気』の違い。」がとても興味深いです。

少なくとも『はねるのトびら』だけでも毎週2000万人以上の人が見てくれていたのに、
営業などで地方に行くとキャーキャー言われていたのに、単独ライブの集客となると400~500人がやっと。

ここには、『認知』と『人気』の違いがありました。

昔は認知(テレビに出てる)=人気だった

昔は大きな力を持つメディアが、ほぼテレビしかなかったので、テレビに出ている=人気タレントだったのです。日本国民みんながその人のことを知っている、いわゆるスターというやつですね。つまり、認知を取ればすなわち人気につながる時代でした。

だから、テレビ的にはものすごい才能を持ったスターの発掘が重要な仕事で、美空ひばりさんとか山口百恵さんとか、スターの原石を頑張って探して、テレビで認知をマックスに持っていくことによって人気タレントが作られていたのです。

しかし、今ではテレビ以外のメディアが多様化した上に、Youtubeなどの一大動画プラットフォームも出来たので、テレビに出ている=一定の認知は取れるけど人気タレントにはならない、という図式が出上がりました。

人気タレントの普遍的なモデル=「好きモデル」

現在における「人気タレント」のモデルとして、2種類あると思っています。一つは今も昔も変わらない普遍的なモデルとして、その人のことが好き=好きモデルというのがあります。「当たり前じゃん」と言われそうですが、この場合の”好き”はほぼ恋愛感情に近いということです。その筆頭がアイドルグループになるわけですが、若年層は、今も昔も自分と同世代か少し上のアイドルにハマる時期があったりします。
”好き”という感情は人間の本能に近い感情なので、タレントの音楽も聴きたいし、本人の姿も見たいし、私生活にも興味あるという非常に熱量が高い状態になります。

昔は、テレビのブラウン管によってファンとの距離感が保たれていたのですが、AKBが「会いに行けるアイドル」というコンセプトを打ち出した頃から、両者を隔てる壁が一気になくなったため、人気タレントとファンの距離が近くなりました。
さらに、タレントはインスタグラムやツイッター、動画のライブ配信ツールなどのチャネルを複数使っており、テレビはそれらのチャネルの中でも最も伝播力が大きいもの、という位置づけになっているわけです。

つまり、”好き”という人間の本能的な感情に応えるアイドルグループは今も昔もずっと存在していたのですが、接触チャネルの多様化やファンとの距離が狭まっています。

新しいタイプの人気タレント=「共感モデル」

そして、新しいタイプの人気タレントは共感型のタレントさんです。インスタグラムやツイッターなど、ファンに直接メッセージを届けられるツールが発達したため、自分の主義主張を直接届けられるようになりました。このタレントの行動や思想に共感するファンという関係値が、今後増えてくるのかもしれません。
(ただし、海外ではエージェント制度をとっているため、タレントは比較的自由に政治的発言などが出来るようですが、日本においては事務所側の制約が大きいのでなかなか生まれずらい環境ではあるのでしょう。)

ちなみにAKBについては、そもそもの「好きモデル」とともに、ファンとの距離を近くしたり、メンバーに直接メッセージを発信させることによって「共感型」も組み合わせようとしているように思えます。
AKBのファンの人たちは、押しメンを選んだ理由は、その人の背景の物語込みであることが多く、そのへんの物語を本人たちに発信させるなどしてファンに可視化することで、共感の関係も結ぼうとしているのかなと思います。
自分の言葉で毎日自分のメッセージを発信しているYoutuberなどもその最たるものですね。

この「好きモデル」と「共感モデル」の組み合わせを理解しておかないと、タレントとしてのコンテンツの出し方という点において、うまくいかなくなります。
以前アーティストのオフショットや限定メッセージを見られる有料携帯サイトを運営していたのですが、パンクジャンルに属するバンドのファンの登録者数はとても少ないものでした。それは、パンクについてはアーティストが提供するパンクの音楽やライブという音楽体験にファンが共感しているからであって、アーティストに「好き」の感情を抱いていないからです。逆に「好き」の方が強いビジュアル系バンドはオフショットなどへのニーズが強いため、登録数が多くなります。

ということで、人気タレントについて、テレビ以外のメディアの多様化とともに、共感型のタレントが今後登場していくと思われますが、ひとつ難しいのは「共感型」のみだと、その関係値を数値で測りづらいところです。

例えば、広告代理店がよく出してくるソーシャル上の影響力を図る指標としてエンゲージ率というのがあります。
これは、タレントが発信した情報がどのくらい「いいね」されているかの率を図る指標ですが、「好き」タイプのタレントだとフォロワーが若年層ということもあって明確に高くなりますが、「共感型」のみのタレントさんだと指標が出ずらいのです。

例えば大量の「好き」を獲得してるであろう菅田将暉さんのこのツイートを見ると


12,601のLikeを取っており1,981,299のフォロワーがいるので、エンゲージ率0.6%です。

そして「共感」をすごく獲得しているであろう堀江貴文さんのこのツイートを見ると


723のLikeを取っており2,807,953のフォロワーがいるので、エンゲージ率0.03%と一桁も低いのです。

「好き」という本能的な感情が介入しない「共感」型のタレントさんの場合は、その主張なりを見れば納得するので指標には表れにくいんですね。
このあたり、注視率とか新しい何らかの指標があると良いのかなという気もします。

半径5メートル内にウケるコンテンツの時代に

前に聞いた話で本当かどうか分からないのですが「エンタの神様」というお笑い番組において、スタジオでネタがウケすぎるとカットされると聞いたことがありました。
話を聞いたときに、さもありなんと思ったのですが、テレビとはお茶の間の様々な年代層に均質にコンテンツを届けないといけないわけで、スタジオで爆発的に異常な盛り上がりを見せると、お茶の間との温度差が出て、観ている側がポカンとしてしまうわけです。

逆に、深夜のバラエティ番組なんかは、観ている層がある程度限定されるため、その後伝説的な番組として語り継がれたりして、コンテンツを取り巻く熱量が高くなります。(そして、ゴールデンに移るとその熱量が失われて、一気に初期のファンが去っていく)

このように、テレビ全盛期はお茶の間との温度感を合わせたコンテンツが提供されていたわけですが、今後は半径5メートル以内の近しい人に共感してもらえるようなコンテンツが、主軸になるのだと思います。

例えば、20代後半以降の人に、そこそこ有名なYoutuberの名前を言っても、認知度は高くないです。逆に、20代以下の若年層に圧倒的知名度を誇るYoutuberは大勢います。Youtuberをフォローしている人たちは、憧れというよりも共感の気持ちの方が強いのではないでしょうか。
面白系の動画を多数投稿しているYoutuberのフォロワー的には、クラスメートの面白い〇〇くん(さん)が、面白いことをやっている、みたいな内輪のノリで見ているのではないかなと。

テレビ番組などを製作してきた人たちにとっては、テレビのコンテンツとは、何かすごいコトやモノを提示することだったりするのですが、現在のネットコンテンツに親しんでいる人にとっては「共感」が先に立つため、自分がシンパシーを感じるクリエイターの発信を見ている方が、肌になじんでいる気持ちになるのです。

例えばゲーム実況もそうで、ゲーム自体に興味あるから実況を観るというよりは、実況者の実況という名の「おしゃべり」を「うん、うん」と頷きながら聞いている感覚なのです。
小中高生なら、だいたい経験のある、友達の家に行って誰かがプレイしているゲームにあれこれ注文をつけながら、スナック菓子を頬張っていたあの光景が、今まさにインターネット空間で再現されているのではないでしょうか。
(そういう意味でいうと、やり方はあれでしたが女子大学生を集めて、女子大学生にウケるコンテンツを作成していたMERYは、そういった共感型のメディアを作ろうとしていたのでしょう。)

ちなみにYoutubeの例に戻るとチャンネル登録数数万程度で、ガジェットだったり、写真だったり、何かに特化したコンテンツを発信し続けている人たちがたくさんいます。
このように、知っている人は知っている濃度の濃いコンテンツが、無数に広がっていくのが今後のコンテンツの形なのかなと思います。

世代間の仕事の仕方が違いすぎて、過渡期なのかもしれない件

例えば、ちょっと前に電話をかけることは相手の時間を奪う行為だという論争があったわけですが、その説を唱えているのは比較的若いミレニアルズ世代以下だと思うんですよね。こういう世代間における仕事の仕方が違い過ぎて、現在の過渡期においてひずみが起きているのかなと思います。

ということで、そのひずみをまとめてみました。

連絡手段   新→チャット 旧→電話

冒頭に書いた「電話をかけるのは相手の時間を奪っている」という論説に繋がるのですが、そういう説をとなえる人たちは、だいたいチャットを使って隙間時間を使って返信したりしています。このチャットと電話の間を補完する「メール」というツールも入るのですが、正直チャットに慣れてしまうと「メールなんて、かったるくてやってられない」みたいな感じになります。
チャット派にとっては、もはやチャットで仕事することが空気があるように当たり前なのですが、かたや、メールでの通信がマジョリティである人たちもたくさんいるわけです。

ちなみに、メールからチャットというコミュニケーションツールに変化すると

・メールにおける文面マナーにとらわれなくなる(いちいちお世話になりますなどとつけない)
・口語文体に近くなる(チャットの方がコミュニケーション回数が多くなる)

というような変化が置きます。メールはどことなく書面のフォーマットを引きづっているため、文頭にあいさつ文があったり宛先の名前を書く順番があったりしたわけです。しかし、チャットというソリューションはそういったフォーマットも崩しているわけです。

打ち合わせ 新→出来るだけチャット。話す必要があればスカイプか電話。 旧→とりあえず対面

チャットというコミュニケーションは、やり取りの回数が多くなります。メールでいちいち「これはどうなってる?」「こうなってます」「じゃあこれは?」というやり取りをするのは時間がかかりますが、チャットだとレスポンスが早くなるため、従来打ち合わせで行っていたやり取りがチャットで集約出来てしまうのです。それでも、確認したい項目が複雑になる(A or B Bの場合はさらにC or Dなど2重以上の確認が入る)場合は、話してしまった方が早いので、複数人数だったらスカイプ、1対1だったら電話をするかということになります。

しかし、いまだに「とりあえず打ち合わせ」という姿勢を持っている人たちも決して珍しくありません。とりあえずご挨拶、とりあえずキックオフなど、アジェンダを決めずにメンバーが集まって、その場においてアジェンダ自体を話し合う打ち合わせもこの世にはたくさん存在します。

このへんが新しい世代の人たちにとって自分の時間を奪われるというのは、我慢ならないところなので、とりあえず集まる系の打ち合わせは勘弁してくださいというケースが多いのです。

ファイルの共有 新→Googleドライブ 旧→メールにてファイルを送付

新しい世代の人たちはGoogleドライブに必要なファイルを集約し、みなで閲覧・共有をした上で修正の必要があればクラウド上で編集してしまいます。しかし、だいたいの大きな企業において情報漏洩等のコンプライアンスの問題が入るため、パスワード付きZIPのメールにてファイルを送付する方法しか認められてないところが多数あります。
ファイルをクラウド上で共有・編集が出来ないと、明らかに作業効率が悪くなるため、会社によってはどうしても必要な特定部署のみ条件付きで認められている場合もあるようです。

資料 新→手書きやGoogleスプレッドシートなどに記述 旧→きれいなパワポ

長年にわたって、ホワイトカラーの労働力の多くが、きれいなパワーポイントを作るために注がれて来たように思います。しかし、振り返って考えると資料はあくまでも情報を周知・共有させるためのツールなので、目的が達成されるならば別に手書きのポンチ絵でもスプレッドシートにテキストを箇条書きにした内容でも良いわけです。社外用の何百人が目にする営業資料であれば、かなり手をかける必要がありますが、部門内の共有レベルでもものすごくレベルの高いパワーポイントを作ることに労力を注いでいることも珍しくありません。

ということで、新旧における仕事の仕方の違いを4つあげてみましたが、キーワードは生産性です。新しい世代のやり方の方が効率が良いため圧倒的に生産性が高まるのですが、慣習やコンプライアンスが絡む問題において効率の悪いやり方が引き継がれているように思います。今は過渡期であるように思うので、いずれチャットやクラウドによるファイル共有はマジョリティになり、生産性があがっていくのではないでしょうか。