月別アーカイブ: 2016年8月

ポケモンGOは、やっぱり小中高生に優しかった

まだまだ人気の「ポケモンGO」ですが、1億ダウンロードを突破し、1日の売上が10億円にのぼると言います。
8月に入り、4,500万人いたアクティブユーザーが1,200万人減少し、3,000万人で推移しているという情報もありますが、逆に言うとまだ3,000万人ものアクティブユーザーがいるということになります。
ソーシャルゲームの多くは、札束をはたいた人が有利になるのですが「ポケモンGO」は無課金でもかなり楽しめるのがポイントです。多くのソーシャルゲームは、やり込んで同じランクのユーザーがヘビーユーザーになって来ると、無課金では太刀打ちできないのですが「ポケモンGO」は多額の課金ができない小中高生に優しい作りになっているなと思いました。

近所に友達がいる方が、ジムバトルが圧倒的に有利


ある程度ポケモンを集めてレベルアップをしていくと、次は街に点在するジムにて、お互いのポケモンを競わせるタームになります。そして、このジムの仕組みがかなりミソなのです。

課金をしまくった大人が、カイリューやカビゴン、シャワーズなどジムでお馴染みのポケモンを強化してバトルすれば、ほぼ一発でジムを陥落することが出来ます。
しかし、制圧したジムには、手持ちのポケモンを1匹しか配置できません。手持ちのカイリュー、カビゴン、シャワーズのいずれもCP2000を超えていたとしても1匹しか配置できないため、一度ジムを奪取してもすぐにライバルチームに陥落されてしまうのです。
ジムを防衛するには、ジムにポケモンを配置した後、同じカラーのグループの仲間が自分たちのジムにバトルを挑んで「名声」というスコアを上げ、配置できるポケモンの数を増やす必要があります。配置出来るポケモンの数を増やした後に、仲間が手持ちのポケモンを1体づつ配置するのです。
さらに、配置した後も敵のチームから攻撃をされて負けると名声が下がっていき、これが0になるとジムは陥落します。つまり、ジムを奪取した後も、仲間うちで集ってジムを強化し続ける必要があるのです。

ということは、同じ区域に集えて、ジムを奪取したり防衛するための時間を割ける仲間がいる人たちが圧倒的に有利です。つまり、これは地元に住んでいる小中高生あたりが最も有利になる仕組みなのです。
大人がいくら課金して強いポケモンを育てたとしても、そもそも1体しか配置できないため、チームで連携されるとひとたまりもないのです。

ということで、やっぱりポケモンGOは札束を叩く大人よりも、無課金で遊んでいる小中高生たちに優しかったんだなあという話題でした。

熱海が盛り上がっている「本当」の理由

熱海の観光客数が2011年を底にして、2012年以降は年々伸びているといいます。私の肌感でも「熱海…はじまったな」という感じはあったのですが、この記事を見て少し違和感を感じました。

あの「熱海」に再び観光客が集まっている理由
http://toyokeizai.net/articles/-/131780

この記事によると、熱海再生の理由を東京からUターンしてきた若者による商店街などの再開発や、熱海市の財政事情の好転によるプロモーションの強化が挙げられています。確かにそれらは、熱海に観光客が集まった要素の一つだとは思うのですが、トリガーではないと思うのです。

私が熱海再生につながった根っこになるトリガーだと思うのは「業態を改めた新規ホテルの出店」です。

社員旅行向けに作られた大バコ旅館ばかりだった熱海

2008年に発売された村上春樹さんらによる旅行記「東京するめ倶楽部」の熱海編を読むと、当時の熱海のさびれ具合がよく分かります。本書の中では、バブル全盛期に社員旅行向けに作られた大バコ旅館が乱立し、その後の個人旅行を楽しむ若者たちのニーズにマッチしなくなったのではないかという分析がされています。また、バブル期にOLだった女子たちが成長してお母さんになった後、会社の宴会御用達だった大バコ旅館にファミリーで泊まる気にはならないのです。
このように、熱海衰退の原因はそもそも時代に対応しきれていないホテル・旅館にあったのではないかと思います。

2010年代に入り「熱海のスパに行かないか?」と誘われることが多くなった

しかし、2000年代後半以降、個人旅行向けに設計し直されたホテルが新規オープンしていきます。ホテル内にスパやエステなどの施設を備えて、女性客をターゲットにした日帰りプランなども展開していきます。
熱海の宿泊、休憩、観光について、前年度からの伸び率を比較したグラフがこちらです。
atami01

これを見ると、2012年の休憩利用者数は前年比150%近く増えていることが分かります。これはホテルがスパやエステなど日帰りで楽しめるプランをこぞって打ち出したからではないでしょうか。

ホテル目当ての客が宿泊し、そして熱海観光へと目が向けられた

そして、このグラフは前年度からの宿泊利用、休憩利用、観光利用の増加数をグラフにしたものです。
atami02

これを見ると、2012年に宿泊客数が増加し(前年度22万2千人増)、翌2013年に観光客数が追いかけるように増加(前年度24万6千人増)していることが分かります。
つまり、熱海を訪れた人々は、改装オープンされたリゾートホテルへの宿泊を目的に訪れ、「熱海いいじゃん」ということになり、翌年以降はリピーターを含めた観光利用の訪問者数が多くなったのではないでしょうか。

ちなみに宿泊利用者がグンと増えた2012年の前年末に「星野リゾナーレ熱海」がオープンしています。当時の新聞記事を見ると客室数は76室で340人収容です。これを星野リゾートの公式にサイトにある「星野リゾナーレ熱海」の平成27年の客室稼働率を当てはめて試算してみると年間4万8千人程度が宿泊していることになります。(1泊2日として計算。)
「星野リゾナーレ熱海」のオープンで、熱海への集客が年間5万人弱増えたことになるのです。

ということで、熱海が盛り上がっている原因と順番はこのような感じになるのではないでしょうか。

1.個人旅行向けのホテルがオープンし、リゾート滞在を目的とした旅行者が増えた

2.ホテルに宿泊したことにより、熱海の観光資源(花火大会、海、温泉)が見直されて、リピーターを含む訪問が増えた

3.上記により集客が出来てきたので、駅前の商店街などが再開発され始めた

最後に熱海の商店街を歩いたのは3年ほど前ですが、駅前から海岸に続く商店街はまだまだ寂しい感じでした。しかし、この記事を見ると、駅前もさらに進化しているようですね。

資料・データ出展
http://img01.hamazo.tv/usr/suzy/DSCN7226.jpg http://www.city.atami.shizuoka.jp/userfiles/495/file/H26kanko.pdf http://www.hoshinoresorts-reit.com/ja_cms/portfolio/review_2015.html

一見さんをファンにレベルアップするには、動画をバラまくべき

一度興味を持っても、人はすぐに忘れてしまう

前に「アイドルにハマる流れをフローチャートにしてみた」というブログを書いたのですが、人が何かにハマる初期段階では、下記の2つのステップを踏みます。

1.興味、引っかかり
コンテンツに触れることによって、興味喚起される(例:テレビで見た、ライブに行った等)

2.体験の繰り返し
コンテンツに触れる体験を繰り返す

この1から2の間には大きく深い川が流れており、コンテンツに何らかの興味を持ったとしても、体験を繰り返すに至るハードルは高いのです。例えば、友達に連れられて行ったバンドのライブで、そこそこそバンドに興味を持ったとしても、自発的にライブのチケットを取得して再訪するというのはハードルが高いのです。
人間は一度火がついてしまえば、ほうっておいても熱中する生き物ですが、種火がつくまでには時間がかかります。

動画は、体験を繰り返させるための橋渡しになる

そこで、この1と2の橋渡しをするのに有効なのが動画です。興味を持っているのですから、動画コンテンツがあればそれに接触しようと試みるでしょう。皆さんも、音楽番組などで気になったアーティストの名前をYOUTUBEで検索したという人も多いのではないでしょうか。
動画コンテンツに触れているうちに、実際にリアルなコンテンツを体験したいと思うようになります。ゆえに、動画コンテンツを多数用意しておけば、一旦興味を持った見込み客をファンに引き上げることができるのです。

このマーケティングが最も有効なのは、興行を行っているコンテンツです。音楽やスポーツ、格闘技などのジャンルの相性が良いでしょう。すでに公式チャンネルを用意して積極的に動画配信を行っている事例もあると思います。

動画マーケティングの促進に、ファンの力を借りる!?

しかし、専用の動画を作成するとコストがかさむため、なかなか予算がかけられない場合もあります。ここで一つアイデアですが、その動画制作を、既存のファンに委ねてしまうというのはどうでしょうか?
例えば、ももクロというアイドルグループについて、グループの特徴やメンバーの紹介動画などをファンが作っていたりします。動画の作り方もファン目線ですから、一般の人から見て、何が魅力なのかを丁寧に解説することができます。「アメトーク!」の○○が好き芸人の企画を見ていて、心を動かされるのは、説明している芸人が本当にその対象物のファンであるからです。ファンが作った動画は、公式が発表したいかにもなプロモーション的な動画よりも、隣人から「ねえねえ、こんなのがあって、すごく良いんだけれど」と紹介されているようで、親しみが持てるのではないでしょうか。
ということで、公式で幾つか使用可能な動画素材を用意しておいて、公式が認定したファンに動画を自由に編集してもらい、紹介動画を作ってもらうというのは、良い案のように思います。

地域限定なのに100万人が見ている!?謎のウェブメディア「はまれぽ.com」

メディアには人格がある。

その昔、書店の雑誌コーナーにて、雑誌を上から下までくまなくチェックしていた生粋の雑誌好きです。最近は雑誌の編集者がウェブメディアに流れるという傾向もあるようですが、紙の雑誌と比べると、ウェブメディアには人格が備わっていないように思います。

雑誌を定期的に見ていると、雑誌自体に人格が備わっているような気がしてきます。例えば、リニューアル前のクウネルであれば、都心から離れた小さな山の麓に木の家を構えるさと子さん(30代女子)みたいな感じです。お気に入りの雑誌を定期的に見るということは「さと子さんは、今月お変わりないかしら」と電車に乗って会いに行って、お茶でも飲みながらさと子さんと話して「ああ、今月もさと子さんはお変わりなかったわね」と帰ってくるようなイメージです。
逆にウェブメディアは、そこに擬人化もメタファーも入る余地がなく「情報!メディア!!伝達!!!」みたいなところがあります。

しかし、あるきっかけがあり、横浜を中心にした地域情報を配信するWebメディア「はまれぽ.com」の存在を知ったのですが、ものすごく人格を感じられるメディアです。メディアに人格を与えるという行為は、メディアブランディングと言い換えられるかもしれません。例えばクウネルはリニューアルして、30代ほのぼの女子さと子さんから、30代都内でおしゃれ生活を営む久美子さんみたいな感じになりました。なぜ雑誌に人格を与えるかといえば、それは30代おしゃれ生活に憧れる女子に読んでほしいという読者のターゲティングのためであり、さらにその先には広告によるマネタイズという目的があります。

しかし、この「はまれぽ.com」からどういう人格が感じられるかといえば、新宿歌舞伎町に棲む(はまれぽだけど)ルポライター雑学太郎42歳みたいな、誰得なイメージを受けます。わかりやすく例えようとして逆にわかりづらくなったので、具体的に何がすごいのかを説明していきます。

日本三大ドヤ街にストリップ劇場!?ディープすぎる記事の内容

今現在(2016年8月8日)、このメディアにアクセスして一番最初に目につく記事は

「ストリップ劇場「浜劇」、「横浜ロック座」になってどう変わった?」

です。横浜やその周辺にスポットを当てたメディアと聞くと、横浜に新しく出来た商業施設の紹介(MARINE & WALKなど)や、イベント情報(赤レンガにてオクトーバーフェスト開催)などと想像できますが、なんとストリップ劇場です。いくら何でもディープすぎるでしょう。

ちなみに「はまれぽ.comからのごあいさつ」を見ると、コンセプトがこのように書かれています。

「はまれぽ.com」は、「横浜という街の本当の姿をもって知ってほしい!そして、もっともっと好きになってもらいたい!」という思いから生まれました。
横浜は、多くの人がイメージする「海の近くのおしゃれで華やかな街」という顔ばかりでなく、「ドヤ街」と呼ばれる日雇い労働者向けの簡易宿泊所や、かつて「ちょんと間」と呼ばれた青線地帯があったりと、華やかさとは無縁の一面も持っています。
それらをひっくるめた「横浜の魅力」を、ライターや編集者が「自分たちの目で見たもの、耳で聞いたことをしっかりと伝えていく」というモットーで、広めていきたいと思っています。

このコンセプトの通り、先ほどのディープ横浜を扱った記事が多数掲載されています。さらに、先ほどのストリップ劇場記事の下には

神奈川駅、年季の入った看板の「さくら旅館」は営業している?

という本当に地元民じゃない限り、全く気にならないようなディープすぎる題材も扱われているのです。

ハンパない取材力とぐいぐい読ませる文章

このメディアで提供されている記事は、ほとんどがライターの現地取材に基づいています。ウェブメディアは、1本あたりの記事提供コストが低いので「中華街でハズせない!おすすめグルメ6店」みたいな、きっと「中華街 おすすめ グルメ」ってググって出てきたお店をまとめ記事にしてるんだろうなー的な原稿が多いように思います。しかし、このメディアについては記者自らが現地に赴き現場取材を敢行しています。

例えば、私がこのメディアを知るきっかけとなったのは、横浜にある日本三大ドヤ街のひとつ寿町を扱ったこのルポです。(そう、もはや記事というよりはルポです。)

「ライター井上が、身一つでドヤ街を調査。その実態をレポート!」

これを読んでみるとわかるのですが、なんでしょうか、このハンパない取材力は。寿町といえば、関西にあるあいりん地区、東京都上野の山谷と並んで日雇い労働者が集まる日本三大ドヤ街として有名な地区です。一般的には女性がこの地域に足を踏み入れることを推奨されず、私も一度気づかずに足を踏み入れてしまったのですが、周りの空気のあまりの変わりようにびっくりしたことがあります。

寿町には2000円代で泊まれる簡易宿泊施設が軒を連ねているのですが、その土地柄、女性を泊めることはありません。しかし、この女性のライターさんは15件も宿泊を断られたのちに、16件めの宿泊施設で管理人にゴリ押しをして泊めてもらうという、テレビ東京のリアル旅番組さながらの交渉をしています。

さらに、その管理人さんと夜の寿町に連れ立って赴き、管理人さんのリアルな証言を取ることにも成功しているんですね。ぐいぐいと読ませる生の証言の数々は、この体当たり取材がなければ書けないでしょう。
その他の記事を見ても、いずれもライターによる現場での体当たり取材が多く、しかも扱う内容がディープであるだけに、取材先に10件以上断れることも珍しくないようです。

果たして、どれくらいの人が見ているか?マネタイズの謎。

ということで「はまれぽ.com」の異常なクオリティの高さがお分かりいただけたかと思いますが、とは言っても「はまれぽ」という名称からわかる通り、扱う内容は横浜、湘南、川崎と地域が限定されます。果たしてどのくらいの人がこのメディアを見ているのが、解析ツールのシミラーウェブを調べてみると、過去半年間で100万人の訪問者数があるそうです(解析ツールなので実績値とは誤差がある可能性が高いです。)。参考までに横浜ウォーカーの発行部数は49,834部ですから、ウェブメディアとはいえ月ベースでならしても20〜30万人程度のアクセスはありそうです。
インタビューコーナーを見ても、「トレンディエンジェル」斎藤司さんや、谷原章介さんなどのビッグネームのタレントさんのインビューを単独で取れているので、アクセス数はかなりあるのでしょう。

しかし、記事のクオリティが高く、アクセスががある程度あることが分かっても頭をもたげるのが「マネタイズをどうしているのか?」という疑問です。現在サイトのトップには大磯ロングビーチのバナーが掲載されているため、バナー広告による収入はあるのだろうなと思うのですが、その他何でマネタイズをしているのかよく分かりません。
横浜近郊のレストランや、ウェディング場などを扱った記事広告のようなものがあるので、これでマネタイズを図っているような気もします。(しかし、特に記事内にPRマークは入っていないようです)

たまに、メディアそのものでマネタイズをするというよりは、提供元の会社の販促活動等のマーケティング目的であったりするので、運営元の株式会社アイ・ティ・エーのサイトを見にってみたのですが、通信機器の販売などをメインに手掛けているようで、特にメディアとのシナジーは感じられませんでした。(というか、なぜ通信機器の販売を手がける会社さんが、このようなぶっとんだメディアを運営しているのでしょうか。)

ということで、いろいろと謎に包まれた「はまれぽ.com」ですが、メディア好きの人間としてはこのままディープなメディアを貫いて欲しいなあと思います。先ほど半年で100万人程度の訪問者があるらしいという話をしたのですが、アクセス経路を見ると、なんとそのうち27%は直接訪問なんですね。これはつまり、お気に入りに入れるなどして、定期的に見ている読者が多い=このメディアを好きな読者が多いということです。

ということで、これからも「はまれぽ.com」を遠くから応援したいです。

iPhoneのアイコンが角丸である理由は、初代マッキントッシュ開発時にさかのぼる

iPhoneのアイコンが角丸で、Appleのイヤホンが真っ白な理由

スティーブ・ジョブズが亡くなったのは、iPhone4Sが発表された翌日の2011年10月5日でした。ジョブズが亡くなってから早5年が経とうとしていますが、今もまだアップル製品を手に取れば、ジョブズがデザインにかけた哲学がかいま見られます。
例えば手元のiPhoneを手にとってみてください。角丸のアイコンが整然と並んでいます。もし目の前にMacがあれば、何か適当にスクリーンを開いてみてください。スクリーンの四隅も角丸で構成されているはずです。iPhoneのアイコンが角丸である理由は、初代マッキントッシュの開発時に遡ります。

初代マッキントッシュは、真っ黒な画面にコードを直接打ち込んでいたそれまでのパソコンを一新し、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)を実現しました。開発に参加していたエンジニアのビル・アトキンソンは、ある日スクリーンに円や楕円を素早く描けるアルゴリズムを思いつきます。アトキンソンのデモを見た開発メンバーは感嘆したと言いますが、ジョブズだけは例外でこんな一言を言い放ったそうです。

「円や楕円はいいけど、角を丸めた長方形は描けるのかい?」

アトキンソンは、そこまでやる必要はないし、やろうとしてもほぼ無理であることを説明したそうですが、ジョブズはどうしても長方形の角丸にこだわったそうです。

「角を丸めた長方形はそこいらじゅうにあるんだぞ!」
ジョブズはさっと立って声を荒げる。
「この部屋を見てみろ!」
ジョブズは、ホワイトボードにテーブルトップなど、角を丸めた長方形のものを次々とゆびさす。
「外に出ればもっとたくさんある。どこを見てもあるくらいだ!」
こういうとアトキンソンを連れ出し、車の窓にビルボードの広告、道路標識などをゆびさしていく。ジョブズによると3ブロックほど歩く間に17個の実例を見つけたという。アトキンソンが納得するまで、それを次々と指摘したのだ。
「駐車禁止の標識を示されたところで言いましたよ。『わかりました。降参します。角を丸めた長方形を基本命令の形として用意します』と」

この出来事をきっかけに、MacやiPhoneなどApple製品におけるスクリーンの形は、すぺて角丸の長方形となったのです。さらにiPhoneやiPodを持っている人は、イヤホンを見てみてください。Apple製品のイヤホンは真っ白です。これはiPod開発当時にデザイナーのジョナサン・アイブがこのカラー=ピュアホワイトにこだわり、ジョブズがそれを支持したからだと言います。

このデザインについてアイブはこう語っている。
「小さな消費製品というのは、たいていは、ポイッと捨てられても問題ないような雰囲気があります。文化的な重みがないのです。iPodについて私が一番誇らしいと思う点は、重要性が感じられ、ポイ捨てできる雰囲気ではないところです」
単なる白ではダメ。”ピュア”ホワイトでなければならない。
「機器だけではなく、イヤホーンやそのワイヤ、電源も”ピュア”ホワイトでなければならないと思いました」
当然ながら、イヤホーンは一般的な黒にすべきだとの意見が多かった。
「でもスティーブはその意味をすぐに理解し、ホワイトを支持してくれました。白には純粋さがあるのです」

ジョナサン・アイブの意見をジョブズが支持したからこそ、今に至るまでApple製品のイヤホンは真っ白なのです。iPod発売時の広告は、黒い人物のシルエットにiPodと真っ白にうねるイヤホンが偶像的に配置された印象的なビジュアルでした。

ジョブズは、デザインを身体性に裏打ちされた感覚で判断していた

ジョブズはデザインについて強いこだわりを持っていたことで知られていますが、ジョブズ自身がデザインのアイデアを出すというよりは、他者が出したアイデアについての取捨選択が上手かったのだと思われます。そして、その判断はジョブズが「リベラルアーツとテクノロジーの交差点」というスローガンを掲げたように、ロジックというよりは身体的に判断されることが多かったようです。Appleのデザイナーであるジョナサン・アイブはこのように話しています。

デザインの大半は会話形式で進めます。テーブルのまわりを歩き、さまざまなモデルに触れてみながらやり取りをするのです。スティーブはごちゃごちゃした図面を読むのが嫌いで、モデルを目で確認し、身体で感じる方を好みます。

ジョナサン・アイブ

ジョブズが製品デザインについて、10年も20年も前に決断したことが、今のApple製品にも未だに息づいています。Appleのシンプルなデザインを実現するためには、良いデザインを採用するよりは、むしろ悪いデザインにNOということのほうが100倍は多かったでしょう。現在のApple製品のデザインは、ジョブズの残酷までの率直さに支えられているとも言えます。

僕は自分を暴虐だとは思わない。お粗末なものはお粗末だと面と向かって言うだけだ。本当のことを包みかくさないのが僕の仕事だからね。自分がなにを言っているのかいつもわかっているし、結局、僕の言い分が正しかったってなることが多い。そういう文化を創りたいと思ったんだ。僕らはお互い、残酷なほど正直で、お前は頭のてっぺんから足のつま先までくそったれだと誰でも僕に言えるし、僕も同じことを相手に言える。ギンギンの議論もしたよ。怒鳴りあったね。あんないい瞬間は僕の人生にもそうそうないほどだ。僕は、「ロン、この店はまるでクソだったね」ってみんなの前で言える。全然平気なんだ。「こいつのエンジニアリングは大失敗だったな」って、責任者を前にして言うこともできる。超正直になれるーこれが僕らの部屋に入る入場料なのさ。

一見非合理なデザインは、AppleをAppleたらしめるアイデンティティとなる

ジョブズは自分が最高だと思える以外の物を否定し続けることで、デザインの調和をシンプルに保ってました。しかし、死後5年が経ち、もし彼がいれば否定していたであろうプロダクトが、アップル製品に見られるようになります。
例えば、ジョブズが最後に関わったiPhoneは4Sが最後ですが、その後のiPhone6や6Plusは画面サイズが拡張されます。ジョブズは、他社から7インチのタブレット端末が発売された際「発売された時点で死んでいる (DOA)」と発言しました。しかし、その後Appleはほぼ同じようなサイズのiPhone6Plusを発売します。確かに画面が大きいため動画の視聴に向いており、実際にiPhone6及び6Plusの販売数もiPhone史上最高を記録したようですが、もしもジョブズがいたら「手に馴染まない」という理由で却下していたような気もします。デザインを合理的なロジックではなく、身体性から感じる直感で判断していたからです。

ジョブズがデザインを身体性で判断していたことがうかがい知れるエピソードとして、Appleに復帰した後にAppleで開発されていた携帯情報端末「ニュートン」の開発を止めさせたことにも現れています。ニュートンには、端末専用のスタイラスペンが採用されており、このペンが大嫌いだったジョブズは「神は我々に10本のスタイラスペンを与えたもうた」と言って、ニュートンの開発を止めます。
その後、神が与えたスタイラスペンを活用できる端末ーiPhoneを開発するのです。しかし、Appleはジョブズの死後にApple Pencilというスタイラスペンを発売します。今はプロユースで使われているようですが、スタイラスペンに対する特許を申請したという情報もあり、今後裾野を広げて販売される可能性もあります。

iPhoneやMacのスクリーンが角丸なのも、イヤホンが真っ白なことにも合理的な理由はありません。ジョブズが身体的な感覚で判断して採用したデザインです。しかし、時を経るとともにスクリーンの角丸や、真っ白なイヤホンはAppleをAppleたらしめるアイデンティティとなるのです。

しかし、iPhoneの画面サイズの拡張やスタイラスペンの発表など、ジョブズなき後のAppleはプロダクトついての決断をを合理的に判断しているように思えます。スマートフォンの通信速度が上がり、動画視聴が増えたため画面サイズが大きいiPhone6や6Plusにはニーズがあります。しかしそれは「動画視聴をするための画面サイズの大きなiPhoneが欲しい」という消費者の合理的な理由によるものです。旧来のアップル製品への「何かよくわからないけど、Apple製品がカッコいい」という購入モチベーションは、スクリーンの角丸や白いイヤホンなど、合理的な理由ではないデザインに裏打ちされていたものです。
これからAppleは合理的な判断をし続け、だんだんと人々はApple製品に不思議な神通力を感じることは少なくなるように思います。

ちなみに、このブログを書こうと思ったきっかけは、マジックマウスが壊れたためマジックマウス2を購入したところ、充電方法がまるでひっくり返ったゴキブリのように見えたためです。これにNOを言える人がいなくなったのかなと。

引用は全て「スティーブ・ジョブズ」講談社刊より



 

すきやばし次郎が修行を、エルブリがデータを重んじる理由

液体窒素を使った調理方法など、料理に科学を取り入れた「分子ガストロミー」の草分け的存在として知られるスペインのレストラン、エルブリ。フェラン・アドリアという天才料理人が率いていたこのレストランは、半年間休業しては半年間営業するというスタイルで運営されていて、45席しかないシートには200万件もの予約申し込みが殺到していたと言います。(エルブリは2011年をもって閉店し、現在はエルブリ財団として分子ガストロノミーの啓蒙に注力しているそうです。)

一方、オバマ大統領が訪日の際に、訪れたことでも話題になった銀座の老舗寿司屋、すきやばし次郎。数寄屋橋のビルの地下に店舗を構え、客席はわずかに10席程度でトイレは他店と共同。30貫ほどの寿司のコースを3万円で提供する高級店です。通常2か月前に予約が埋まるという人気店ですが、コースは2、30分程度で次々と出され、接客が非常に簡素というかそっけないことでも有名です。

このエルブリとすきやばし次郎は、同じ飲食店でありながら、とても対極にあります。それぞれドキュメンタリー映画化されており、この映画を見ると両者の違いに驚かれるのですが、映画を見ているうちにレストランとは、料理とは何かということをだんだんと考えさせられます。

変化を続けるエルブリ、伝統を守るすきやばし次郎

エルブリが1年のうち、半年のみしか営業をしていなかった理由は、残りの半年を次シーズンのメニュー研究に費やしていたからです。30品目に及ぶコース料理は、そのシーズンでしか食べることはできません。次のシーズンには、新しいコンセプトの元、全てのメニュー構成が刷新されるからです。一方、すきやばし次郎は、というよりは日本の老舗には変わらないことが求められます。すきやばし次郎のコースの最後に出る、カステラのような見た目の卵焼き。これは何十年も変わらない伝統の調理法で受け継がれてきたと言います。常に料理を刷新して古いバージョンを脱皮していくエルブリと、ずっと伝統を守り続けるすきやばし次郎、変化という側面において両者は真逆なのです。

データを重んじるエルブリ、人から人へ継承するすきやばし次郎

エルブリのメニュー開発の特徴は、いきなり完成品を作るところから入らないことです。まずは、科学の実験を行うように、食材に様々な調理方法でアプローチします。例えばサツマイモという食材ひとつをとっても、ピューレにしてからオイルで焼いてみたらどうか、あるいは真空調理にしてみてはどうか、オイルではなくて水を加えてみたら?と、食材に対する調理のアプローチを何度も繰り返し、結果を記録していきます。記録は、調理場の片隅に並べられたマッキントッシュにまさにデータとして蓄積されていくのです。劇中でパソコンのメモリーが飛んでしまった時、フェランは激昂します。紙では残っているからというシェフに対して「紙に書き留めていてもなんの意味もない。大事なのはデータなんだ」と言い放つのです。

一方、すきやばし次郎では、寿司の握り方がデータとして残されるということは、もちろんありません。それは人から人へ継承され、口伝というよりはむしろ、親方のやり方を観察することで会得しいきます。先人のやり方をつぶさに見習い、自分で握り方を身につけていくという手法です。そして、これはすきやばし次郎に限らず、日本の多くの老舗と言われる店ではごく当たり前に取り入れられてきた継承方法なのです。

料理を学問でとらえるエルブリ、料理を哲学でとらえるすきやばし次郎

エルブリが食材のデータを蓄積していることからも分かる通り、彼らは料理を共有可能な一つの学問として捉え、汎用性が効くものであると考えています。エルブリが2011年に閉店した理由を、フェラン・アドリア氏はこのように語っています。

「料理研究財団の設立が目的です。料理をレストランという形態ではなく、もっと幅広い方法で人々に伝えたいと、熟考の末に決断しました。

財団というと堅苦しいですが、料理を言葉で表現するシンクタンクとでも言ったらいいでしょうか。具体的な活動としては、まず今の『エル・ブリ』の建物を改造して新しい建物を造ります。そこでは料理人だけなく、さまざまな分野のクリエーターやアーティストが料理について研究を行い、その内容を世界にインターネットで配信するつもりです」(フェラン氏)
出典:http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20110526/1035903/

この言葉からも分かる通り、フェラン・アドリア氏はしかるべき食材に関するデータがあれば、そのレシピは汎用性を持つと考えているのです。

一方、すきやばし次郎は料理を学問として捉えてはいません。むしろ何らかの哲学(もっと言うと宗教のようにも思えてきます)として捉えています。次郎の卵焼きを焼けるようになるまでは、数年以上の長い修行を要します。効率という観点で考えると、無駄なことにすら思えます。すきやばし次郎に限らず、伝統を重んじる料理の現場では、10年、20年の修行を経てようやく焼き場を任されたりと、とても長い時間がかかることが多いようです。
以前、帝国ホテルの料理長を26年間務めた村上信夫シェフのエッセイを読んだことがあります。帝国ホテルに配属され、最初は毎日皿洗い係として食材に触らせてもらえない日々が続きます。しかも、洗い場に回される鍋には、もれなく洗剤が投入されています。新入りに帝国ホテルのソースを味見させないためです。村上信夫シェフは、それならと調理場にあった全ての寸胴鍋をピカピカに磨き上げます。ある日、寸胴鍋がピカピカになっていることに気づいた先輩シェフは、ソースパンに洗剤を入れないで洗い場に回し、村上シェフに味見をさせてあげるのです。これらも、料理を学問として捉えると、非常に非効率な現象のように思われます。

エルブリとすきやばし次郎の違いを見ていくと、「料理」という共通点はあるものの、両者が全く異なるものであることが分かります。エルブリのロジックは明快です。エルブリは常に料理という学問を常に刷新して進化させていくことを目指しているため、データの蓄積や知識の共有が合理的になります。では、すきやばし次郎ならびに伝統的な老舗は、卵焼きを焼くのに数年以上かけるなど、なぜ一見非効率なことをわざわざさせるのでしょうか。
それは、老舗の多くが「変わらないこと」を目指しているからではないでしょうか。「変わらない」ということは、想像するよりもずっと難しいことです。現状に対して特に意識を払わなければ、それは少しづつ、しかし確実に変わっていってしまうからです。変わらないでるということは、非常に精神力を使う、ある意味禅のような状態なのかもしれません。それゆえ、料理に対しての技術やデータよりも、日々の料理や仕事に対する相対し方というフィソロジーに重きが置かれており、それが長い修行期間に転化されているのではないでしょうか。

ちなみに、この両者のドキュメンタリーについて、エルブリはとても面白かったのですが、すきやばし次郎のドキュメンタリーはとてもつまらなかったです。(途中で観るのを止めたくなるくらい。)
それは、すきやばし次郎を映像化しただけでは、表面上は何のコンテクストも浮かんでこず、ただただ淡々としているからです。そこには創作現場にありがちな葛藤や人間関係などのドラマティックな展開はなく、ただただ変わらずに毎日寿司を握るという情景が描き出されます。ゆえに、それが老舗が目指しているものであり、それを映像化したところで視聴者側と共有できるコンテクストがないのではないのかなと思います。