月別アーカイブ: 2013年10月

ローソン「厚焼きパンケーキ」ヒットに見る、イマジネーション消費の時代

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「厚焼きパンケーキ」とサーティーワンアイスクリームの関係

ローソンの「厚焼きパンケーキ」が、発売約2か月で累計6億円を突破したそうです。通常のスイーツに比べて350円(税込)と高めなのですが、異例という表現が使われるくらい売れているそう。

私も店頭で見かけて思わず買ってしまったのですが、なぜこんなに売れたのかという私なりの見解があるのです。それは、後ほど発表するとして、このニュースを見た時にサーティーワンアイスクリームのことを思い出しました。

サーティワンアイスクリームと「厚焼きパンケーキ」の間には、関連性がなさそうなのですが、大きいくくりだと仲間だと思うのです(このくくりも後程説明します)。
なんとなく4、5年前からサーティーワンの店舗が増えている気がしており、業績的にかなり好調なのではと踏んでいました。
しかし、今日(と書いてこんにち)まで調べてこなかったので、IR資料から年間の売り上げ、店舗数、来客数のグラフを作ってみました。
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集計してみたところ、2007年以降店舗を続々と拡大しており、増収になっています。
店舗数は2008年/929店舗→2012年/1174店舗となっており、4年間で245店舗も拡大。売り上げも2007年/294億2千万→2012年/425億7千5百万となっており、5年間で年間130億も上乗せしているのです。
しかも同業種に比べて好調なのか調べてみようとしたら、ほとんど競合がいないんですよね。ハーゲンダッツは撤退しちゃいましたし、コールドストーンアイスクリームの店舗数を調べてみたのですが、2005年の初出店以降、8年で31店舗(サーティーワン・・・)にとどまっており、あまり順調じゃないように思えます。

この背景には、サーティーワンのマーケティング戦略が功を奏してると思うのですが、サーティーワンは毎年チャレンジ・ザ・トリプルというアイスを2個頼むと1個サービスしてくれるキャンペーンをやっています。これが非常に好調で、以前にその模様をNAVERまとめにまとめたのですが、みんな友達同志で来店し、トリプルのアイスクリームを食べることが一つのアトラクションになっているのです。

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しかも、コーンに乗った3つのアイスって、「古代の肉」とか「チビ太のおでん」みたいに小さなころから憧れの食べ物でした。しかし、なかなかトリプルは頼まないわけで、そんな消費者心理に「ダブルを頼めばもう一個サービスしますよ。」と手を差し伸べてくれたわけです。
せっかくのキャンペーンだから、この際トリプルを食べてみたい。でも、一人でアイスを3個も食べるのもなんだから、、といって友達を誘うわけです。

そして、これが大事な点なのですが、この一連のシチュエーションを、消費者が想像しやすいんですよね。

・昔から憧れていたトリプルのアイス
・友だちと一緒に食べる
・学校/会社帰りに

サーティーワンの別のキャンペーンで「真夏の雪だるま大作戦」=レギュラーを頼むと、キッズサイズを1個サービスというキャンペーンがあるのですが、これも非常に想像しやすいですよね。

ということで、サーティーワンを代表するこのような消費動向を名づけて「イマジネーション消費」と呼びたいと思います。

「それ」を想像できる?イマジネーション消費とは

イマジネーション消費とは、消費者の想像が喚起されて発生する消費行動のことです。って、なんやら難しくなりましたが、図解すると以下の3つかなぁと思います。
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・体験型(ワクワクが想像できる)
サーティーワンはコレに当てはまると思います。そして、今後はこのカテゴリにいかにしてハマるかがキモなんじゃないかなぁと思います。
飲食店以外のジャンルでも、いかに体験させてワクワクさせるかって重要ですよね?脱出ゲームとか。

・習慣型(それを行っている自分が想像できる)
商品・サービスを定期的に使っている様が想像できるかどうかです。例えば食品でいえば、カロリーメイトっていつ食べますか?普通は、朝食を抜かしてしまった時、仕事前に軽く食べたり、残業で遅くなりそうだけど夕飯までもたない時などですよね。逆にいうと朝食を抜かして会社に向かう途中に立ち寄ったコンビニで、カロリーメイトを買う習慣が容易に想像できるということです。
WEBサービスなんかだと「クックパッド」も夕飯前の買い物に行く際に、定期的にチェックしてみようと気になります。

・共感型(作り手の気持ちが想像できる)
これは、感性消費とか言われたりしますが、作り手バックグラウンドや商品・サービスに込めた思いを想像して、共感して消費行動するというものです。
無印良品や、ハンドメイドの雑貨、孫さんに共感してSOFTBANKでiPhoneを買うという人もいるかもしれません。

「厚焼きパンケーキ」が刺激した消費者の想像力

そして、冒頭の話題に戻るのですが、なぜローソンの「厚焼きパンケーキ」はこんなにもヒットしているのでしょうか。
それは、冒頭のキレイな宣伝写真を見ていたら分からないのです。見るべき写真は、コレです。

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そして、もっと言うとココです。

pancake_03そうです。厚焼きパンケーキには、生クリームの絞り袋がついているのです。なぜわざわざ絞り袋に入れて、外側に括りつけているのでしょうか。

それは、この商品がレンチンを想定したものだからです。レンジでチンしてフカフカになりますよ~といううたい文句だったので、パンケーキの上にあらかじめ生クリームを乗せて出荷したらレンチンした瞬間にドロドロに溶けてしまうためです。

ということで、この絞り袋は機能的にやむをえず添付にしたのだと思いますが、これは確実に購買の後押しになっているのはとふんでいます。

絞り袋で生クリームをケーキにしぼる。

これって、小学生以来、DNAに刻まれた「憧れの行為」だったと思うのです。(他には、巨大プリンにスプーンを突き刺す、塩抜き中のしじみが顔を出したところを指でピってやる等。。)
これをさきほどのイマジネーション消費に当てはめると、サーティーワンと同じく・体験型(ワクワクが想像できる)になります。

ということで、いかに消費してくれる方にイマジネーションしてもらうかが重要だと思うんですよね。ヒットの裏に、イマジネーションあり!

 

Facebookでセルフブランディングしている人に限ってヤバい

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冒頭から言い訳なのですが、このトリブログ、私の思ったことや所感などをつらつらと書いてきたのですが、1つだけ編集ポリシーがあったのです。

極力ネガティブなことと、人を中傷しないという・・・。

ブログのタイトルを書き出した時に、「Facebookでセルフブランディングしている人に限ってヤバい」ではなくて「パーソナルブランディングはどこへ向かうのか」というタイトルにしようと思ったのですが、いや、私が思うところはそうじゃないだろうと、単刀直入に簡潔なタイトルをタイピングし直しました。


Facebookで

セルフブランディングしている人に限って

ヤバい

です。

これはセルフブランディングしている人をディスろうとか、陥れようとか、そういうわけではなく、Facebookのセルフブランディングと、それを行う人の間にかいま見える相関関係を感じ取った故です。(因果関係ではなくて、あくまでも相関関係なのです。)

私の目の前に現れるセルフブランダーやセルフブランディストの方々が、お仕事などでお取引するとたいていヤバいのです。これが今のところ100発100中すぎて、逆に知的興味が湧いて同じことを思っている人はいないのかとググってみたのですが、全然見受けられないためにブログの筆を取ることになったのです。(実際はキーボードを叩いているのです。)

何個か例を挙げると、ものすごくソーシャル上でコメントを発信して各種イベントに登壇しちゃうような人が、いざ一緒に何かやってみると、あまりにもずさん過ぎてあっけに取られるとか(しかも、それは意図的としか思えないずさんさだったりとか)、、

「一つ一つ着実に積み上げて実現していこう」というような書込みをしているのに、実際にプロダクトを作ろうとすると、かなりいい加減だったりとか、、

毎日ツイッターで情報を発信し続けて、それなりの有名人になっている風の方と共同作業しても、全く対応してくれないとか、、、

と、これくらいで例を挙げるのを止めるのですが、ポカーンとなっちゃうことが多くて、この相関関係はなんだろうな。ふうむ。と思ってしまったわけです。

逆に、一緒にお仕事したり作業させてもらったりして、また一緒に何かやらせて頂きたいなと思える方ももちろんいます。
そういう人にかぎって、ほぼFacebook非アクティブユーザーで友達数も少なかったりするんです。

これってもしかしたら、「灯台もと暗し」なのかもしれません。一緒に作業やらお仕事させてもらうということは、その人(灯台)のふもとにいるわけです。しかしその灯台は、自分の足元ではなくて遠くの海原にいる数千人、数万人の人々に光を照らしてブランディングをしている。目の前の会議で、目の前の人の声に耳を傾けるよりは、手元のツイッターで数千人につぶやきを発信することの方が重要なのです。

しかし思うのですが、ブランディングは所詮ブランディングで、いくらブランドという名の皮を身にまとっても、皮が剥げてしまえば実態は露見するわけで「なにこの人。」って思ったら人は去っていくと思うんですよね。

むしろ、皮をむいてもむいても、中身が一向に現れない玉ネギだったりして・・・。ということで、今後もし同様の場面に遭遇したら、心の中で「この玉ねぎめ・・・」と呟いて溜飲を下げることにします。

※今ググったところ、灯台もと暗しの灯台は、海を照らす方ではなくて部屋の中にある行燈みたいなものを指すようです。でも、海の灯台の方がイメージつきやすいですねぇ。

個人発コンテンツが台頭するニコニコゲーム実況

 

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偶然顧客のニーズを満たしちゃったゲーム実況

先日1次情報が消えて、個人メディアが台頭してきますよというブログを書きました。既にそれがマジョリティになっているのが、ニコニコ動画のゲーム実況カテゴリかなと思います。

ニコ動のゲーム実況カテゴリをご存じない方のために説明をすると、何らかのゲームを実況中継風に解説しながらプレイしていく様をみんなで見守るというカテゴリになります。

総合ランキングに入っているゲーム実況の割合から考えると、トラフィックの3分の1から4分の1くらいはゲーム実況目当てに来てるんじゃないかなぁという風に思います。
ちょっと話はそれますが、このゲーム実況カテゴリというのが実に面白くて「偶然顧客のニーズを満たしちゃった」と思うんですよね。
通常サービスを作る時って、〇〇という顧客の△△というニーズを満たすために作りますというお題目がないといけないのですが、ニコニコ動画って、文字流したろーっていうインターフェース優先でリリースしたわけです。

その結果、ゲームプレイヤーが主軸となり、皆でそれを観覧するというゲーム実況スタイルが自然に出来ました。
これがなんの課題を解決したのかという話ですが、顧客の課題は明確に存在していたのです。

「一人じゃコワい」or「難しい」or「時間がない」という理由でプレイできないゲームのプレイ動画を見たい

という課題が。

わたくしそもそも学生時代は、知人の家に集まり、プレステ片手にバイオハザードをプレイしていたのです。しかし、当時のバイオはゲーム慣れしていない人にとっては難しい上に、シナリオが怖すぎたのです。自分でプレイするのは嫌だけど、人がプレイしているところをカップラーメンをすすりながら、やんややんや言っておりました。

「毒を受けるな、よけろ!下手くそ!」
「そこ、ガラス突き破って犬くるよ」
「解かった!若い順にボタンを押してくんだ!」

などなど、好き勝手言っておりました。そして、やがて大人になり、誰かの家に集うこともなくなったのですが、この需要がニコニコゲーム実況プレイで満たされたのです。偶然にも。

初期のゲーム実況の主流は、ホラーゲーム

ということで、初期の実況プレイにおいて主軸となったのはホラーゲームでした。

先ほどのバイオハザードもそうですが、一人では絶対にプレイしたくないけど、みんなで見たいというゲームが存在するのです。
よくニコニコ動画で怖い動画やゲームを見ていると、「米を絶やすな!」というコメントが出てきますが、これはコメントを絶やさないことによって、みんなで見てる感を継続(=怖くない)させるためなのです。

ゆえに、初期は「バイオハザード」、「SIREN」、「サイレント・ヒル」あたりのゲーム実況が割と人気でした。
さらに、ゲーム以外にニコ動共通にある需要として、「みんなでツッみたい」という需要があります。ゲーム実況を見て「クッソワロタwww」「腹筋崩壊www」とかコメントしたいのです。

この需要を満たすのが90年代の古いゲームです。クリアするのが難しすぎるゲーム「サイベリア」とか理不尽なゲームをプレイして、その理不尽さを笑うというスタイルが確立しました。

しかし、2000年代後半以降は、コンシューマーゲーム市場の縮小とともに、マーケティングによってソフトが洗練されていきます。みんなが万遍なく満足に楽しめるゲームに絞られるため、ホラーなどのニッチジャンルや、理不尽仕様のゲームがほぼなくなっていくのです。

そして台頭する個人クリエイターによるゲーム

ということで、やっと本題に入りますがゲーム実況も2010年以降は個人が作ったフリーゲームがゲーム実況の題材になっていきます。ホラージャンルであったり、突っ込みどころが多かったりする個人作家モノの方が、見ていて突っ込みたい、共感したいという需要が満たされるからです。

一番有名なものでは、洋館に現れる青色の化け物から逃げる「青鬼」シリーズ、のび太とバイオハザードを合体させた「のび太のBIOHAZARD」などがあります。

コンシューマゲームメーカーのゲームから多様性が消えていき、実況は個人作家が発表するフリーゲームへとシフトしているのです。

ネットは、よくも悪くも1次情報をいじくって、2次情報を楽しむ側面があります。コンシューマーゲームという1次情報が縮小した結果、個人作家が生み出した1次情報が素材として選ばれているのです。

しかし、これはあくまでも個人の趣味や善意に支えられています。この個人発の1次情報を束ねるプラットフォームが生まれ、金銭的インセンティブを返す仕組みが出来ることが、さらに個人発のコンテンツが加速する条件なのかもしれません。

1次情報が消え、個人メディアが台頭する理由

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溢れる情報・・・でも真に価値がある情報とは

1次情報とは、書き手が対象物そのものを体験したり取材した結果、生み出した情報を指します。ニュースであれば、新聞記者が取材した取材原稿がこれにあたります。

インターネットの普及により情報は溢れているかもしれないですが、1次情報はどんどん減っているのかもしれません。例えば、NAVERまとめは1次情報のメディアではありません。ネット上の情報をサマリーにした2次情報になります。NAVERまとめの美容やコスメのまとめの情報引用元をよく見るとアフィリエイトサイトだったりします。

アフィリエイトサイトとは、ネットでよく検索される検索ワードに関するブログ記事を量産して、そのブログに貼ったアフィリエイトから収入を得ようとするサイトです。SEOに強く、かつ記事がたくさんあることが条件なので、記事そのものは他サイトからの転載だったりします。

それがさらにNAVERでまとめられるということは、

どこかからアフィリエイトサイトに転載→さらにNAVERまとめに転載

という図式になり、果たして1次情報はどこにあったのかということになります。また、NAVERまとめで最も手薄なのが、観光スポットやお出かけ先などをまとめたジャンルです。これは、実際に行ってみないとまとめを作れないため、作れるまとめ作成者が限られてくるからです。
だから、まとめ作成者は、ネットから転載するだけで面白いコンテンツが作れるネタ系&雑学系に走るのです。

そして、インターネット社会においては、プラットフォーマーはただのソリューション提供者に徹しているため、1次情報を生み出すよりは、プラットフォーマーを目指した方が利得が大きいという点があります。

例えばニュース配信アプリのGunosy、vingow、smartnews等は自分たちではニュースを提供していません。世の中に流通しているニュースを最適化するソリューションです。しかし、ニュース提供側と、受け取る側のハブになれば、最もおいしいプラットフォーマーとしての立場を確立出来るのです。

1次情報を生み出せるのは、ただそれが好きな人

しかし、真に面白い情報は1次情報です。実際にハワイに行った人の旅行ガイドの方が、ただ単にネットに散らばるハワイのガイド情報を集めるよりも価値があり、説得力があります。1次情報には、人々の関心を惹ける力があるのです。

それでは、1次情報を生み出している大手のネットメディアはあるかというと、中小の特化系メディアを除くとハウツーサイトのnanapi、レシピサイトのクックパッド、動画投稿サービスのニコニコ動画が思い浮かびます。
しかし、これらはCGMサイトなので実際に1次情報を生成しているのはユーザーです。(nanapiはハウツーの質を上げるためのチェックを行っているため、質が担保された1次情報でいうとnanapiくらいかもしれません。)

なぜこんなに1次情報が減ってしまったのかといえば、これもまたインターネットのおかげで情報に関する単価が激下がりしたため、1次情報を生成するのが大変な割には、儲からなくなったからです。

1番組に数千万から億の予算をかけられるテレビは、今もまだ1次情報を作り続けています。

会社として1次情報に取り組むことが難しくなると、「ただ、それを好きだからやっている」という個人にパワーがシフトしていくことになります。
個人メディアの時代とは言われていますが、今後さらに個人が生み出す1次情報の価値が高まっていくものと思います。

ネットのニュースメディアはどこへ向かう?ニュースの将来

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不動の王者Yahoo!と新興ニュースメディア


最近新興のニュースメディアがたくさん出てきています。ネットのニュースメディアの現在と未来についてまとめてみました。
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現在のニュースメディアの状況をまとめた図がこんな感じです。まず、月間の利用者数が8100万人というYahooニュースが、ネットニュースの頂点に君臨しています。この10年以上の間、不動の位置でした。各種新聞社や媒体社はYahoo!ニュースに原稿を提供しており、Yahoo!は原稿提供と引き換えに原稿料およびトラフィックを返す仕組みです。

時事ネタ等の基本的なニュースの枠組みが整うと、次に個人メディア(ブログ)が隆盛してきます。ニュースソースについて論考したりと、アルファブロガーと言われる影響力のあるブロガーさんの月間PVは200万以上です。

そして、ITやビジネス、インテリアやファッションといった特定ジャンルに特化した特化系メディアが登場します。

個人メディアや特化系メディアの台頭により、だんだん世の中に情報が溢れてきました。バラバラのニュースソースを捕まえて見にいくのは、おっくうです。誰かが文脈にとって、ニュースソースを成型してくれるキュレーションCGMが登場し、大きなメディアハブとなります。
月間の利用者数も4100万人を超え、Yahoo!ニュースの半分ほどになりました。

そしてスマートフォン時代になり、新興ニュースメディアが多数登場します。ツイッター上で話題になったニュースを自動的に配信するsmartnews、特定のセレクトしたメディアからキュレーションして情報を配信するAntenna、ソーシャルツールから個人の趣味志向を読み取って配信するGunosy等です。

ニュースは配信型主流になるか


それでは、未来のニュースはどうなるのでしょうか。新興ニュースメディアの特徴は、メディアというよりはむしろソリューションであるということです。そして、ネット上にあふれるニュースをセグメントして配信している点が共通しています。
今後、このような配信型が主流になると、人々は能動的にニュースサイトに情報を見にいくのを止めて、最適化されたニュースが届くのを待つようになるかもしれません。

Yahoo!ニュースのような巨大ポータルの時事情報は能動的に見にいくかもしれませんが、そのほかのニュースはソリューションを介して選ばれたニュースが配信されるようになります。
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配信型ニュースがもたらす課題


配信型のニュースソリューションが主流になった場合、どんな課題が生じるのでしょうか。まず、考えられるのは情報のタコツボ化、及び先鋭化です。情報が最適化されるということは、自分と同じ意見のニュースソースに触れやすくなります。日々触れる情報が自分の主義主張と同質であれば、意見が先鋭化していってしまうのです。


また、配信型のニュースソリューションが力を持つと、巨大なトラフィックを集めていたポータルサイトの力は相対的に弱くなります。10人いたら、10種類のニュースが配信されるということは、1つのニュースにかけられるコストが下がり、取材にかけられる労力が減っていきます。故に、良質な1次情報が減少していく可能性があるのです。


ただ、情報量が増え続ける以上は、配信型のソリューションがポータルとなるのは不可避であるとも言えます。課題は課題として解決できる枠組み自体を考える必要がありそうです。

均質化する世界、陰影はどこへ行ってしまったのか?

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谷崎潤一郎は、日本文化は陰影から生まれたと言ふ

そのむかし、国語の教科書に谷崎潤一郎の「陰影礼賛」(いんえいらいさん)というエッセイが載っていました。

かなりうろ覚えですが、電灯がなかった時代、ローソクの火で照らされる漆塗りの漆器が美しかったこと等を例にあげて、「暗さ」によってもたらされる日本の文化や美について書かれていました。ウィキペディアで検索したところ、こんな風に解説されていました。

まだ電灯がなかった時代の今日と違った美の感覚を論じたもの。こうした時代、西洋では可能な限り部屋を明るくし、陰翳を消す事に執着したが、日本ではむしろ陰翳を認め、それを利用する事で陰翳の中でこそ生える芸術を作り上げたのであり、それこそが日本古来の芸術の特徴だと主張する。

そう言われてみると、リアリティを追及するNHKの大河ドラマは、全体的に夜のシーンは真っ暗だったりしていて、昔はこんなだったのかと思うことがあります。そういえば、闇鍋なんていうものもありました。

翻って考えると、今は天井に漏れなく設置されたシーリングライトが、パーっと全体を照らしているかのようです。

昔の深夜テレビってもっとシュールだったりエッチだったり、子供は見てはいけないコンテンツがたくさんありました。夜中の12時代に放映されている番組は、かなりディープなものばかりでした。現在では夜中の12時にテレビのスイッチを付けても、万人受けするバラエティや情報番組が流れています。

ゴールデンタイムのテレビについても、昔は「宇宙人はいた!」とか「徳川埋蔵金」とかうさんくさいものを平気で放映していましたが、だんだんクイズ番組やら世界の秘境になって誰でも安心して見られる番組ばかりになりました。

昔のテレビ番組は、踏み入れることを躊躇するような闇の部分がけっこうあったのですが、いつの間にかライトでくまなく照らされて、そういうコンテンツがなくなっていったように思います。
その結果、全てが平均的な明るさになり、平均的で健全な面白さを提供してくれるようになり、そして平均的につまらなくなっていきました。

どれもこれも平均的なので、何かと差別化するポイントもありません。差別化するポイントがないということは、あえて「それ」を選ぶ理由もないということです。

リアル世界でもなくなっていく陰影

うさんくさい番組がなくなった原因のひとつは、インターネットの発達もあるかもしれません。インターネットが発達したおかげで、「宇宙人はいた!」とかをやったとしても、誰かが既にネット上で検証しているかもしれないし、誰でもNASAの公式見解を見たり、ウィキペディアで歴史を紐解くことが出来るため、すぐに嘘がバレてしまうからです。

そして、インターネットというシーリングライトは、現実の世界をもくまなく照らします。ツイッターがバカ発見機と言われ、軽犯罪に触れる行為をした人たちは、ネット上に残したわずかな情報から、氏名、住所、学校や勤務先を特定してネット上でさらされてしまいました。

Facebookやツイッターをやっている人は、漏れなく自分が壊滅的なダメージを受けるほどの個人情報が流出する危険性を常にはらんでいるのです。
まるで、隠れるための影がなくなって、ライトで照らされた部屋の中をウロウロしているようです。しかし、多くの人たちは、そこに隠れるための影がなくなっていることにすら、気づいていません。

それってとても窮屈なことじゃないでしょうか。コンテンツでもインターネットの中でも、世の中でも、少しくらい隠れて休める場所や、影のある部分があったほうが、余白があってやりやすいのではないかと思います。いろんなことがどんどん精鋭化して、均質化した先に来る未来って、けっこう暗いと思うのです。

ミもフタもないことを言えない、空気を読む日本人

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流行らないラーメン屋は何が悪い?

何かが上手くいかないとか、行き詰った時とか、原因を追及すると根本的なことだったりします。

例えばラーメン屋さんを作ったとします。しかし、全く流行らなくてランチ時間でもガラガラ。何が悪いのかを検討すると、プロモーションが十分でないとか、ファミリー向けの住宅街に店があるのに子供向けのメニューがない、など色々課題が出てきます。

プロモーションが十分でないという課題ために地域のミニコミ誌に広告を打ったり、客層という課題のためにメニューがどんどん追加されていくのです。

しかし、この問題の根本をたどると「たんに、ラーメンがマズい」だったりします。

こういうミもフタもない真理を、解っていても解らないフリをしたり、当事者に指摘できなかったりします。ラーメン屋なのに、ラーメンがマズいというのは「全部0からやり直し」になるからです。

ということで、世の中のたいていの失敗は、空気を読んでミもフタもないことを言えない現象が起因していると思います。

映画を作ってもそもそも映画が面白くないって言えないし、
ゲームを作ってもそもそもゲームが面白くないって言えないし、
WEBサービスを作ってもそもそもこのサービスいらないって言えないし、
エトセトラ、エトセトラ・・・

戦争の失敗においても、空気が起因

日本国の敗戦の理由を分析した「失敗の本質」でも、空気を読みすぎて無謀な作戦を指摘できなかった事例が山のように出てきます。

商品そのものがおかしいのに、ミもフタもないから指摘できない。でも、結果として上手くいっていない。そうなると、たいてい周辺のどうでも良いところをいじりはじめます。冒頭のラーメン屋がミニコミ誌に広告を出そうとしたり、新メニューを開発しようとしたようにです。
これがWEBサービスだと、たいていサイトリニューアル、名称変更などを数回繰り返してやがて消えていくパターンが多いです。どれだけリニューアルをしてUIを改修しようが、そこに核(コア)になるものがないので、意味がないのです。

ミもフタもない意見を言うのは、simpleなこと

社会人になるとこの現象にしょっちゅう遭遇するのですが、アップル関連の書籍(多分「Thinksimple」)を見ていたら、ミもフタもないことを言って全部ひっくり返すという場面が2つくらい出てきました。

1つめは初代iPhoneを開発していたとき、デザイナーのジョナサン・アイブがハっと気づくのです。今のiPhoneは表面のディスプレイにフチがありません。しかし、当時のiPhoneにはフチがついていて、枠がボコっとなっていたのです。
既に生産ラインも動いていたし、普通だったら空気を読んで何言わないところですが、アイブは意を決してジョブズに伝えます。驚くべきことに、ジョブズは既に稼働していた生産ラインを止めて、やり直しを命じるのです。

また、アップルストアが初めて出来た時、アップルストアのモデルハウスを作り、試行錯誤を繰り返し、いよいよ公開という時期を迎えました。オープンの直前、夜中に飛び起きた担当者は、アップルストアのコンセプトが間違っていることに気づきます。今は製品順に商品を陳列しているが、そうではなくて消費者の生活における行動導線にそって配置し直すべきだと。
担当者は恐れおののきながらジョブズに伝え、ジョブズは烈火のごとく怒りますが、「やっぱりやり直すべきだと思う」と、開店を延期して1からコンセプトを組み直したのです。

正解が「0からやり直す」になるのであれば、やり直すのが正解なのです。しかし、多くは空気を読んでそれを口にすることすら出来ない。口にすれば組織間の同調圧力が壊れたり、その過程に至る責任を追及されたりするからです。

ダメだったら0地点にかえる、とシンプルに考えたいものですが。