月別アーカイブ: 2013年8月

ネイティブアプリとブラウザベースの違い

hml5

ネイティブはサクサク動くが、ブラウザは通信が必要。


GREEがブラウザベースのゲームに注力しますと発表して「このネイティブ全盛の時代に逆行してるんじゃないか」という指摘を受けたりしましたが、少なからず「ネイティブとブラウザって何が違うのよ?」という方がいると思うんですよね。ということで、解説してみたいと思います。

基本的にアプリはAppstoreかgoogleplayどちらかのマーケットに並んでいますね。で、このアプリをダウンロードして開くと、アプリの画面の中にWEBページが表示されることがありますよね?例えば、ツイッターを見ていて流れてきたリンクをタップするとWEBサイトに飛びます。これは、ブラウザでWEBページを見ているのです。こういうWEBページの表示が多いものをブラウザベースと呼びます。

一方WEBページをアプリが読み込むのではなくてアプリを開いた瞬間即座に表示される部分は、そもそもアプリに組み込まれているものです。ツイッターの例で言うと、タブボタン等はアプリ内に元々配置されているのものです。このようにブラウザでWEBを見なくとも、そもそもアプリ内に配置された要素が多いアプリは、ネイティブアプリと呼ぶのです。

ということで、

〇ブラウザベース⇒サーバーを通してWEBページを読み込んでいる領域が多い
〇ネイティブベース⇒アプリの中に組み込まれている領域が多い

ということになります。

たまに耳にする「ガワネイティブ」というのは、入れ物だけアプリだけどアプリを開いたらほとんどブラウザベースになっているアプリのことを指しています。アプリのメニューボタンに見えるものも、ブラウザベースになっているもの等です。(ただし、Appleはこのガワネイティブを推奨してないので審査で落とされる可能性があります。)


ネイティブにすることのデメリット


ネイティブ全盛と言われているのはなぜかと言うと、画面の表示やユーザーのアクションに対する反応がサクサクだからです。これはアプリ内に組み込まれているので、当然と言えば当然です。逆に、ブラウザベースのものはサーバーと通信が頻繁に発生するので、ネットサーフィンをする感覚で読み込みを待つ必要があります。
つまり、ゲームにおいてはネイティブで開発をした方が、ユーザー体験を管理しやすいのです。「パズル&ドラゴンズ」もネイティブ中心に作られており、あのなめらかなパズルの移動はネイティブだからこそ実現したと言えるでしょう。

じゃあ、ネイティブ万歳なんだから全部ネイティブで作ればいいのに?と思われそうですが、それはそれでデメリットがあります。一つ目は、ネイティブで作り込むということは高度な技術が必要だということです。特にAppstore用のアプリの開発言語Objective-Cを使いこなせるエンジニアさんは結構少ないです。
そして、完全にネイティブで作ってしまうと(フルネイティブと言います)、万が一内容に誤りがあってもappleの審査までには1週間程度かかるため、1週間は修正することが出来ないのです。これをブラウザベースで作っていれば、web側を書きかえれば良いので融通が利きます。

ということで、今のところゲームはソーシャルゲーム全盛から、徐々に動きを重視したパズルやRPGの要素が入ったものが流行りはじめているため、ネイティブ側優勢というところです。ただし、ブラウザベースにこだわって作っているところもあります。HTML5という言語は、インタラクティブなアクションが出来るということで、更新スピードを重視してブラウザベースにしているところも多いのです。サイバーエージェントの藤田社長も過去のブログでそう主張していました。(ので、サイバーエージェントのアプリはほとんどがブラウザベースですよね)

ちなみにFacebookの初期の頃はHTML5を駆使されていたらしいのですが、激重(げきおも)で、ザッカーバーグが「HTML5を使ったのは失敗だった」と認めたうえでネイティブで作り直したアプリをリリースしています。

ということで、この論争はなかなか識者の中でも意見が分かれているところなのです。

ggrks(ググれカス)に代わりまして、prmksと思うこと。

ggrks

ggrks=googleで検索して出直せ

ネットのスラングでggrks(ググれカス)というのがあります。「googleで検索して出直せ」の略で、ちょっと調べたら分かることをネットで聞いた場合、こういう返答が返ってきたりするのです。

という枕話からの・・・なのですが、最近開発したい新しいITスラング、prmksというのを提唱したいと思います。「プロダクト見ろカス」と読みます。今まで色々ミーティングしてきて思ったのが、似たような競合がいてもプロダクトを見ていないとか、こういう領域に参入したいと言いながらその事業領域のプロダクトに触れていない例があまりにも多すぎます。

ひどい時は、「えー、このサービスを使った感じは、〇〇〇〇というプロダクトの感じに似ておりますので、一度触ってみてください」と言うと、「それがどういう感じなのか、資料にまとめておいて」と言われたこともあります。触る気がないのです。

プロダクトファーストではない人は、ビジネス規模を気にする

そういうプロダクト見ない人が、何を気にしているかというと、型にはまったように同じことを気にしています
・市場規模
・マネタイズの方法
・売り上げの最大値

です。商品そのものに興味はないけれど、その商品が及ぼすお金には興味があるのです。会議の内容も「どうしたら顧客にとって有用か」ではなくて、「本当に事業計画で立てた売上を達成できるか」がメインになります。よくある例で、プロダクトないがしろで事業計画を達成するためのプロモーション費用を投下してザルになるということがあります。

検討やブレストをする際、参加者の知識にバラツキがあると良いディスカッションが出来ません。参考になるプロダクトを触っててなければ、顧客にとってどこが重要でどこが重要でないかが感覚として理解できないため、それを言語化して説明するという手のかかる作業をすることになります。その上、言語化したところで確実に100%伝えきることは不可能です。触ってみれば、そんなことは一発で理解できるのですが・・・。

ということで、たまに「prmks」と思うことがあります。まっさきにプロダクトから始めよと思える人と一緒に仕事をしたいです。それが、顧客志向に繋がっていると思うのです。

Think Simpleなジョブズ、複雑さを好む人々

thinksimple

徹底した、容赦のないシンプルさ

ジョブズ関係の書籍で一番良かったのが「Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学」です。iMacを命名したクリエイティブ・ディレクターが書いた本なのですが、ジョブズ、そしてアップルが様々な局面でいかにシンプルだったかを書いています。

シンプルとは何か。

それは人間関係、マーケティング、プロモーション、プロダクトの作り方など、すべてにおいて共通する通念です。

例えばジョブズがアップルに復帰した際、アップルの社内ではありとあらゆるプロダクトが作られており、商品ラインナップは複雑を極めていました。ジョブズはマトリックス図を書き、

・ノート-プロ仕様
・ノート-一般仕様
・デスクトップ-プロ仕様
・デスクトップ-一般仕様

の4種に商品ラインナップを絞って、他は全部切り捨てることを進言します。おかげで、私たちはMacのノートPCを買いたいと思ったときには、ほんの2種類の選択をするだけ済みます。Airにするか、Proにするかです。
他のメーカーでパソコンを買おうとすると、なんちゃらC-2000とか、なんちゃらD-3000-proとか、何の違いがあって何がすごいのかよく分かりません。

人間関係についてもシンプルさを求めます。ある会議においてジョブズは、室内に座っていた見慣れぬメンバー(同席した他のメンバーから出席するように言われた人物)に対して、部屋を出て行くように言いました。会議に出席する人数を限定してシンプルにしたのです。

さらにアップルストアを作る際、長い時間をかけてプロトタイプの店舗を作り、いよいよオープン日を迎えようとしていたさなか、担当者が致命的なミスに気づきます。現状の店舗は、製品のラインナップ別にレイアウトを考えていました。しかし、アップルブランドをリアル店舗で扱うのであれば、消費者の生活導線別にレイアウトするべきなのです。この間違いを正そうとすれば、今までに時間をかけて築いてきたものを0にしてやり直すことになります。担当者は真っ青になりながらジョブズに報告し激しい叱責をうけますが、やはりジョブズも0に戻して作り直すことを決断します。

シンプルに出来るかどうかは、経営者の裁量

本書にもあるように、世の中の人々は複雑さを好みます。放っておけばどんどん複雑になっていき、シンプルの杖をふるうまでブロックを積み上げようとするのです。

たとえば、Macの製品をたった4つのラインナップに絞ったアップルと比較して、docomoのガラケーは全体を把握できないほどラインナップがありました。docomoはラインナップをそのままにして、STYLEとかPROなどのカテゴリ分けをしたのです。(おかげで、STYLEがどういうカテゴリなのかという、カテゴリ自体も認識しなければならなくなりました。)

つまり、複雑なブロックをそのままにして、さらに上にブロックを積み上げたのです。

会議についても、世の中にはたいてい「なんとかPT」という会議帯があります。部署を横断して20~30人程度の人間をあつめて皆で話し合おうという会議です。会議には部署ごとのメンツや事情などが持ち込まれ、積み上げ続けられる複雑さというブロックによって、特に収穫もないまま会議ごと瓦解していきます。

よくミもフタもない。という意見を聞きますが、物事の本質や解決方法はミもフタもないものだったります。問題を突き詰めると構造的な問題であることが多く、

・0から作り直す
・止める

の選択肢しかない場合がけっこうあります。
そのミもフタもない手段が取れるということが、シンプルに考えるということです。普通はその複雑さの上に、さらに複雑なブロックを乗せます。今まで費やした時間・費用がサンクコストになってしまったり、上から怒られるのが怖いからです。

故に、徹底的に経営層がシンプルの杖を振り続けない限り、現場はどんどん複雑になっていきます。私は、たまに意見を求められて、突き詰めた結論がミもフタもない意見だったとしても、それが正解であると思えば口にしますが、たいてい相手は怒り出します。たいていこんな感じです。

「じゃあ、今までやってたことが無駄だっていうの?」
「そんなの、上に報告したら怒られるに決まってる」

ということで、シンプルな考え方は最高決定権を持っている人の考え方に依存するわけです。一番上の人がミもフタもない意見でも正解だと思って採用する度量があれば、組織はシンプルな方に開ける思考性を身に着けるかもしれません。

新規サービスの評価は、右脳でしてもらおう

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「いいね、もっとこういう機能を追加しよう。」っていう人は、実際使ってくれない

「成功はすべてコンセプトからはじまる」木谷 哲夫著という本が自分的にヒットすぎて、Kindleでアンダーラインを引いたところを繰り返し見返しています。実体験と合わせて「うん、うん。そうだよね。」と首を傾げながら思ったのが以下の箇所。

(顧客の需要を)確認する方法はただ一つ、「顧客に合って、直接聞く」以外にありません。

「いらない」「興味ない」という冷たい反応がたくさん帰ってくるはずです。むしろ「へぇ、いいね。こういう機能を追加してくれたらもっといいけど」という反応には要注意です。そういうことを言う人は、まず買ってくれません。

しかし、50人100人を意見を聞いていくうちに、「これこそ僕の欲しかったものだ!」という人が2人3人、出てくるかもしれません。それが、最上の状態です。

ほとんどの人は興味も感心もないが、一部の人は熱狂的に支持してくれる。そういう商品やサービスが最強なのです。なぜなら、それが「対象顧客セグメント」の発見と、「提供価値」の特定につながるからです。

新規事業を起こす人は読んでおくべき「リーン・スタートアップ」と「アントレプレナー」の教科書を読んで、顧客開発モデルで事業を起こすべきだなと思った私は、この1年内でたくさんの人たちに「こういうサービスあり?」という質問をしてきました。

もちろん大半は、ここに記述されたように「いらない」「興味ない」という反応、あるいは反応すら返ってこなかったりします。
しかし、最も注意しなければならないのは「へぇ、いいね。」という答えなのです。たいていこう答えてくれた人はこの後にこう続きます。

「ここの機能は、ユーザー的に嬉しいから、飽きないようにもっとこういう機能を盛った方がいいよ。」

このコメントは、第三者的にサービスを評価しており、俯瞰した状態から機能追加を提案しているのです。こういう人は、実際にサービスが形になっても100%使わないです。
50人100人に意見を聞くというのは、本来の対象顧客以外をスクリーニングするという作業でもあります。たったの数人の強烈な需要をとらえるために、どんどんスクリーニングしていくのです。つまり、その作業が一番最後に書いてある

なぜなら、それが「対象顧客セグメント」の発見と、「提供価値」の特定につながるからです。

に帰結します。

評論家ではなくて、本当の顧客を探そう

サービスの評論家を探すのではなく、本当の顧客とその顧客が求める価値を見つけるのが狙いなのです。評論家の場合は、間違いなく機能追加を提案してきますが、本来の顧客が求める提供価値は、最小の機能ではじめるべきななのです。

ならびに、インタビューする際に難しいのは、人は左脳で論理的に考えてしまう傾向があるということです。先ほどの「へぇ、いいね。こういう機能追加した方が・・・」という人は、左脳でロジカルに考えて答えを出しています。
じゃあ、実際に使う側になるとどうやって使うのかって、たいてい感覚で右脳的に操作してるんですよね。なので、私はユーザーインタビューする時は、ポンチ絵で良いのでモックを作って実際に触ってもらいながら、思ったことをその場で言ってもらう方式をとっています。そうすれば、右脳的な直感で判断した反応がかえってくるからです。

ちなみにLINEのスタンプなどは、出た当時は「絶対こんなの誰も使わないよー」という声がチラホラ聞こえました。スタンプを使わないで、左脳で分析しているとこういう結論になります。でも、スタンプを送る時って深く考えてないというか、感覚でポンポン送ってますよね。

しかし、なんといてっても重要なのは、100人に話を聞かないといけないということです。例えば、NAVERまとめというサービスを作る際の顧客は、まとめを作ってくれる人になるので、「まとめ作ってみたい?」と聞いてみないといけません。
しかし、100人のうち95人くらいまでは「作らないし、興味ない」と答えると思います。残りの5人が「何それ!面白そう。作りたい!」って熱狂的になれるかどうかにかかっているということで、そこに至るまでは90人以上の無反応を地蔵のように通り過ぎないといけないのです。

会社の飲み会って必要?

飲み会

飲み会の場で広がる様々な二極化

よく若者は会社の飲み会に行きたがらないという話を聞きますが、若者だからというよりは、「会社という組織にどこまでコミットしているか?」ということだと思います。

日本における会社組織は中間共同体の代替であるということを言われていますが、共同体においては、お互いの絆と組織としての価値を確認する催し=祭りが不可欠です。ということで、会社における飲み会=村の祭りだと思うのですが、近年色々な軸での二極化により、運営がなかなか難しくなってきました。

1.組織にコミットする、しないの二極化
派遣社員、業務委託など働き方が多種多様になってきました。雇用形態が変われば、組織への忠誠の濃度も変わってきます。祭りに参加したくないから、この雇用形態を選んだという人もいるわけです。組織にコミットしたくない人は、当然祭りに参加したくありません。

2.体育会系とそれ以外の二極化
飲み会といえば体育会系の人々の得意分野で、いまだに飲み会で一気飲みからはじめる人も少なくないです。こういった体育系のクラスタ以外の人たちは、一気飲みからはじまるどんちゃん騒ぎには、出来れば遭遇したくないと思っています。

3.所得の二極化
以前は同じ会社であれば、年齢によってだいたい年収が同じでした。飲み会についても会社から補助が出たり、あるいは部署の偉い人から多少の補助が出たりしていました。しかし、現状は雇用形態の多様さも絡んで所得は二極化しています。飲み会に4000円かかったとしても、人によって重みが異なってきます。

4.お酒に対する対応の二極化
酒は飲んで騒ぐものと思っている人と、お酒は味を楽しむものと思っている人の二極化です。お酒の消費量を最大化する方向でカバーしなければならないので、飲み放題にする必要があります。それゆえ一人あたりの単価が上がりますが、お酒を少量しか飲めない、あるいはまったく飲めない人にとっては、余計に会費を払っているような印象になってしまいます。

飲み会のこれからを考えてみた

と、書くとまるで会社の飲み会に反対みたいに見えますが、そんなことはありません。共同体としての確認作業というのは、定期的にやったほうが絆も深まって所属しているメンバーの精神衛生上にも良いと思います。しかし、上記に挙げた色々な二極化により、現状のままの運営が適さないような気がしています。今は過渡期のような気がしているので、今後このような飲み会(あるいは、飲み会に代わるもの)はどうだろうかというものを挙げていきます。

1.サイゼリヤでやろう
なんと素晴らしいことに、サイゼリヤのワインは100円です。10杯飲んでも1000円です。すごいコスパの良さです。もちろん料理も激安のわりにうまい。サイゼリヤで会社の飲み会をやれば、コスパも抑えられるうえに、居酒屋とは異なる雰囲気なので、飲み会時の会話も促進されるはずです。

2.キャッシュオンでやろう
Hubみたいなところを会場にして、ドリンク代はキャッシュオンの都度支払にします。こうすれば、お酒に対する金額が個別最適化される上に、一気飲みなども抑制されます。

3.何かを作り上げよう
共同体としての確認の儀式であれば、何も飲み会だけじゃなくて良いのかもしれません。みんなでドミノを並べるとか、いつも触れ合わない人との共同作業ををして達成感を得るという目的であれば、こういったテーマでも良いかと思います。何かを作り上げた達成感をもって、二次会に行けば良いのです。

4.踊ろう
以前トルコの結婚式に参加した時に、式の中心はケーキ入刀でも花嫁の手紙でもなくて、踊りでした。民族舞踊みたいなものをひたすら踊るのです。料理は一切出ず、支給されたのは、水とナッツだけです。トルコは家族や親せきの繋がりが強く、披露宴があると皆でこうして何時間でも踊ります。会社組織も飲み会だけじゃなくて、こういう民族にヒントを得た集いをやっても良いかもしれません。

と、いうことでつらつら書いてみましたが、基本的には、飲み会(もしくはそれに代わる催し)はやった方が良いと思います。ただ、従来の飲み会が時代に合わなくなってきたようなぁと思った次第です。

なぜダウンタウンに続く芸人が現れないのか

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「お茶の間」によって分断されるお笑い



「ごっつええ感じ」世代にとっては、ダウンタウンは神とあがめられています。その一個上の世代になるとタモリ、たけし、さんまのBIG3などが上げられますが、常に時代を代表するお笑い芸人の系譜がありました。

しかし、それ以降彼らのようにカリスマ的な人気を誇るお笑い芸人は現れていません。くりいむしちゅーも有吉もお笑い芸人である前に、番組を仕切れる司会者です。そして、ダウンタウンもテレビでのお笑いからは半ば降りてしまった感があります。

なぜこのようなことになったかといえば、テレビ番組が視聴者に迎合してお笑いの消費時間を細分化していったからだと思います。
ドリフターズから続く笑いの系譜に「作り込まれたコント」というキーワードがあります。コント番組は通常の番組よりも予算も手間もかかるので敬遠されていますが「ごっつのコントは毎週奇跡のようだったね」と、いまだに語り継がれています。

ごっつ終了後、コント番組といえるコント番組は「笑う犬の冒険」くらいでしたが、それもゴールデンに来るとともにコント色が薄くなり番組は消滅しました。そして今現在コント番組がほぼ存在していませんが、それは「エンタの神様」の功罪なのではないかと思っています。

「エンタの神様」には、NHK「爆笑オンエアバトル」に出ていた芸人さんがよく出演していました。しかし、ひとつあたりのコントや漫才は大幅にカットされており、大きくテロップが出て分かりやすい構成になっていました。お笑い好きではなくて、お茶の間に向けて放送したため分かりやすくしたのです。本当かどうかは分かりませんが、ウケすぎたらカットされる(お茶の間の温度感と違うから)と聞いたことがあります。

時間が短くなれば、必然的にキャラものや一発ネタに頼ることになります。後半になるとほとんどキャラクターモノか、歌・リズムネタになっていたように思います。

そこから人気が出たタレントも複数いましたが、キャラクターや一発ネタが飽きられると共に消えていきました。芸人が売れてから消えていくサイクルがどんどん早くなり出したのもこのあたりからです。

その後、「爆笑レッドカーペッド」の放映がはじまり、さらにネタの時間が短くなります。さらにネタの時間が短くなるということは、キャラクター、一発ネタへの依存が加速します。しかも、毎週出演し続けるためには、視聴者側とのお約束的事項が必要になるので、複数回同じネタをアレンジして出していくことになります。

こうしてお笑いは、視聴者に迎合した結果、1つあたりのネタの消費時間を短くするためにどんどん分断されて細分化されました。これ以上細分化出来ない「爆笑レッドカーペッド」に到達した後、ほどなく番組は終了し、今では漫才やコントを定期的に放送する番組はほぼありません。あったとしても、全てキャラクターに特化したコントです。

やがて咀嚼されなくなったお笑い



ということで、お笑いはお茶の間に好かれたいと思って、ネタを分断していった結果、お茶の間からも消えてしまいました。ダウンタウンやその他のカリスマと言われる人たちには、それぞれの文脈があります。伝説と言われた番組や逸話などの物語を視聴者は咀嚼してきたのです。
お茶の間に迎合しすぎたお笑いは、咀嚼しやすいようにどんどんお笑いを細切れにし、やがて視聴者は咀嚼することすら止めてしまいました。

お笑いはこれからどうなるのでしょうか。そして、この消費者への迎合が色々な分野で起こっているような気がしてなりません。

SWOT分析なんていらない

ハンバーガー

自社の強みや弱みをマトリックスで分析するSWOT

マーケティングでよく使われていたSWOT分析というものがあります。以下のように自社(あるいは自社が抱えるサービス)をマッピングして戦略的に最適解を求めるものです。

S(Strength)=強み
W(Weakness)=弱み
O(Opportunity=機会
T(Threat)=脅威

swot 画像出展:http://ascii.jp/elem/000/000/056/56242/

例えば、街のハンバーガーショップがあったとして、以下のような分析が出来たとします。

S(強み)= 和牛100%のビーフパテと、有機野菜のアメリカンなバーガー
W(弱み)= 店が狭いので、待たせることが多い
O(機会)= ワンルームマンション建設による単身世帯の増加
T(脅威)= ハンバーガーショップが近隣に出店

この各項目を組み合わせて、戦略を練るわけです。例えばこんな感じになります。

WとTを組み合わせて=姉妹店を出店する
TとSを組み合わせて=他店との差別化を打ち出して有機野菜をアピール
WとOを組み合わせて=お持ち帰りバーガーを作る

SWOT分析が陥るワナ

一見正しそうなのですが、SWOT分析はもう使わない方がいいなと思います。この分析には、顧客の心理が欠けているからです。顧客が買いたいと思わなければ買ってくれませんが、マトリックス図からは、その視点が欠落しています。

さらに、S(Strength)=強みという項目がクセモノで、たいていここで出てきた自社の強みをどう活かしていくかという結論に落ちることが多いのです。

例えば、この分析を1990年代初めにフィルムの会社が行っていたらどうでしょうか

S(強み)= 高いクオリティのフィルム技術

という強みが出てきて、

W(Weakness)=フィルムの流通量が他社に比べて低い

みたいな弱みとセットになると

・流通チャネルを増やしてフィルムの流通量を底上げ

みたいな解答になります。しかし、それから数年以内にデジタルカメラが登場して、フィルムという市場そのものが縮小してしまい、変化に対応出来なかった米コダックは倒産しています。

SWOT分析では“これから訪れる破壊的脅威”を予想できない上に、“顧客のニーズと関係のない自社の強み”をプッシュしがちになるのです。前にブログでも書きましたが、行き先が不透明すぎる現在においては、SWOT分析ってもういらないんじゃないかなーという話でした。