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一度消滅したホラー漫画市場が、マンガアプリによって復活した理由

一度は消滅したホラー漫画市場

ホラーマンガという市場は、一度消滅してると思うんですよ。今から20年以上昔のことですが、当時は本屋さんの漫画雑誌コーナーに「サスペリア」とか「ホラーM」とかホラーマンガ誌が平積みされていました。そして、コンビニエンスストアの棚にも御茶漬海苔先生など、ホラーマンガ家の漫画が並んでいました。しかし、2000年代に入ると漫画雑誌コーナーで平積みされることもなくなり、もっと奥のアングラな方へ追いやられ、どんどん休刊していきます。
(ちなみに、かつてホラー漫画誌サスペリアを読んでいたという友達と話をしようとしたら「第三者がいるときは絶対その話を口にするな。」と言われました。ホラーマンガ誌を定期的に読んでいたというのは、あまり公表されたくない事実であるというのも、追いやられた原因のひとつかもしれません。)

ちなみに、ホラーマンガの市場の終わりを見る中で、ひとつの発見があります。「市場は消滅しても天才は存続する」ということです。伊藤潤二先生というホラーマンガ家の方がいるのですが、富江シリーズなど美しい少女の描写で知られています。伊藤潤二先生は多くの専業ホラー漫画家が仕事を続けられなくなる中で、ほぼ唯一と言っていいかと思いますが、ホラー漫画一本で来ています。富江シリーズなどは映像化もされており、あの「HUNTER×HUNTER」の冨樫義博先生も、描写に影響を受けているとネットで話題になっています。(描写に影響を受けているを超えて、けっこうまんま使ってないか?って思っています。)

当時「サスペリア」というホラー誌にて、犬木加奈子先生他のホラー作家たちの対談で「伊藤潤二はヤバい」と、才能を全員が賞賛するくだりがありました。
たとえ、市場が消滅したとしても、圧倒的な天才というのは生き残るのです。(たとえバトル物の少年漫画というジャンルが消滅したとしても、冨樫義博という才能が消えないのと同義です。)

ケータイ文化により、盛り返すホラー漫画

漫画雑誌からは消滅してしまったホラー漫画が生き返るきっかけが、ケータイ文化のはじまりです。フィーチャーフォン(ガラケー)時代になり、「魔法のiらんど」や「E★エブリスタ」など、若年層がケータイで作文して小説を投稿するという文化が生まれます。ケータイで短い文章を作って投稿するということは、冒頭を読んだだけですぐに設定が分かるソリッドなシチュエーションや刺激の強い設定が必要になります。このあたりから「王様ゲーム」などに代表されるグロいコンテンツ(=ホラー)が息を吹き返しはじめるのです。
一度人気作品になると、漫画化や映像化などメディアミックスされることになり、「王様ゲーム」の漫画版ははシリーズ全体の発行部数が800万部を超えています。このように続々とグロい系ホラーコンテンツが漫画化されることで、若年層にホラーコンテンツが浸透していきました。

ちなみに、ケータイ小説の代表的なジャンルのひとつが、先ほどの「王様ゲーム」などに代表されるデスゲームです。最後のひとりになるまで殺し合うとか、生き残る系の設定はまさに2000年前後に大ヒットした「バトルロワイアル」そのものであり、ケータイにてホラー系小説を投稿していたユーザーは、バトルロワイアル及びそこに追従したリアル鬼ごっこなどの影響を色濃く受けています。

漫画アプリ全盛により、商売が成り立つようになったホラー漫画

その後、スマホの普及に伴う漫画アプリの流行により、ホラー漫画の収益性が高まる状況になっています。漫画アプリの最も効率の良い収益モデルは「ピッコマ」などに代表される、1日1回は無料で読めるモデルです。1日1話づつであれば課金をせずに読み進めることが出来ますが、続きが気になる人はチケットを購入して読み進めます。

このモデルで最も相性が良いのが、ホラーコンテンツなのです。例えば、殺人鬼に追われていたとして、主人公が転んだところで終わったら、続きが気になるので24時間待たないで課金しますよね?
および、これら漫画アプリの集客導線はWEBやアプリ内広告なので、グロいビジュアルを出せばクリックレートが高まるので集客しやすく、ホラーだと課金との相性が良いために今の時代に適したコンテンツとなったのです。
(おまけに、冒頭のホラー漫画雑誌を読んでいた中年の人たちはホラー漫画誌を買いづらかったので、アプリであれば読みやすいということと、そもそも若年層はグロに抵抗がないため親和性が高いという背景があります。)

その昔は電子コミックはエロが9割なんて言われていましたが、漫画アプリはグロが7割みたいな世界観になっているのではないでしょうか。(具体的データはないですが。)

スクエアエニックスの電子漫画アプリ「マンガUP」を見ると、多くのグロ系ホラー作品を目にすることが出来ます。(その昔、月刊少年ガンガンで南国少年パプワくんや魔法陣グルグルなど、ほのぼの系作品を観ていた身としては、複雑な気持ちです。)

これからのホラー漫画予想

といことで、漫画アプリによって息を吹き返したホラー漫画ですが、今後はホラー漫画の供給が追い付かない現象が起こるのではないかと思っています。漫画アプリが乱立していますが、掲載されている漫画にそんなに差異がなく、すでにコンテンツ側の供給が追い付いていない印象を受けます。

今後起こることとしては、漫画アプリにはグロ系のホラーコンテンツが不可欠であるため、ホラーコンテンツの原作者が重宝され、原作と作画を分けて作品の投入スピードが加速するのではないかと思います。

もう一点は、過去ホラー作品のキュレーションであり、サスペリアあたりで連載されていた作品を掘り起こして漫画アプリに掲載していく流れも起こると思います。(というか、もう起こっているのでしょうが。)

ということで、一度は市場がほぼ消滅したものの、マンガアプリの普及によってジャンルとしては息を吹き返したホラー漫画についてでした。
最後に、御茶漬海苔先生は「御茶漬 海苔」ではなく「御茶 漬海苔」です。

インフルエンサーには、共感型と恋愛型の2種類がある


巷では個人の時代だとかインフルエンサーの時代と言われますが、インフルエンサーには2種類あると思っています。ひとつめは「その人の行動・言動が好き」なパターンで、共感型のインフルエンサーと言えます。もうひとつは「その人が好き」というパターンで、インフルエンサーが異性の場合は恋愛型であり、同性の場合は憑依型のインフルエンサーになります。

そして、それぞれのタイプは生息するソーシャルにが分かれています。

「その人の行動・言動が好き」な共感型インフルエンサーは、Twitterに生息する

その人の言動や行動について興味関心、共感を頂けるということは、人よりもむしろ主軸がインフルエンサーが発するコンテンツにあります。例を挙げると面白いツイートや恋愛ネタ、ITやマーケティング系などのオピニオン系についてのコンテンツがこのカテゴリに入ります。そして、このエリアに属するインフルエンサーは主にTwitterに生息しています。

Twitterはつぶやきというコンテンツそのものが評価されれば、コンテンツ主体で拡散されやすい構造を持っているため、共感型のインフルエンサーが生まれやすいのです。日本人はTwitter好きと言いますが、それは言葉遊びや文脈を好む構造から来ていると思っていまして、そのあたりもオピニオン系のインフルエンサーと親和性が高い理由だと思います。

この共感型インフルエンサーは、ブログとの相性が良いので、長文はブログで書いて細かいコンテンツはTwitterでつぶやくというスタイルになります。

「その人が好き」な恋愛・憑依型インフルエンサーは、インスタグラムに生息する

恋愛・憑依型インフルエンサーを支持するファンは、コンテンツというよりは、その人自身に好意があります。つまり、異性が対象であればそれは非常に恋愛感情に近しく、アイドルに近い存在です。恋愛型のインフルエンサーはSHOWROOMなど、その人自体=コンテンツとなるプラットフォームで活躍しています。

また、同性が対象の場合は憑依型インフルエンサーになります。これは、ファンがインフルエンサーに対して同質なものを感じたり尊敬の気持ちを抱いており、インフルエンサー自身を自分に憑依させようとするからです。例えばその昔アムラーやシノラーといった芸能人の真似をするファッションが流行りましたが、まさにその人たちは憑依型のインフルエンサーであったと言えます。
また、廃刊が相次いでいるギャル系ファッション誌は、昔からこの憑依型のインフルエンサーを生み出すプラットフォームでした。益若つばさなど、ギャル系ファッション誌の読者看板モデルのファッションやメイク、生活スタイルまでを真似していたのです。現状はみちょぱなどの若年層に指示を受けるインフルエンサーが、インスタグラムをメインプラットフォームに選んでいるため、彼女たちのファンはインスタグラムを熱心に参照することになります。

共感型と恋愛・憑依型を兼ねるインフルエンサーはYOUTUBEに生息する

この2つの傾向を兼ねるインフルエンサーはユーチューバーです。ヒカキンのフォロワーは、ヒカキン自体を好きですが、同時に彼が生み出すコンテンツも好きです。YOUTUBERは、コンテンツとインフルエンサーが一体化したプラットフォームといえます。順番としては先にコンテンツがあり(ヒカキンであればボイスパーカッションやその後始めたゲーム実況)そのコンテンツに日常的に接触していくうちに、本人の熱烈なファンになるというルートをたどります。
少し前にYOUTUBERと水曜どうでしょうは似ているという記事を書いたのですが、この番組も、番組事態を楽しんでいるうちに番組を構成する登場人物に没入するコンテンツとなっています。キモは、完成されたコンテンツではなく、不確定要素や未完成ののりしろがあるため、見ている側が当事者としてのめりこめる作りになっている結果、出演者への共感が高まっていく作りになっていることです。

ということで、インフルエンサーにはいくつかの種類があるということですが、上記いずれの型にはまるインフルエンサーは、いずれもマスメディア全盛だった時代はマスメディアのみに存在していました。共感型のインフルエンサーはコラムニストや作家であったでしょうし、恋愛・憑依型インフルエンサーはアイドルやタレントで、共感型と恋愛・憑依型を兼ねるインフルエンサーはお笑い芸人などが近いのではないでしょうか。

しかし、ソーシャルのプラットフォームが解放された結果、それらのマスメディアを通さずとも各種のプラットフォームごとにファンを獲得するインフルエンサーが登場し、マスメディアに逆輸入されるという形が起こっていくのでしょう。

日本のメーカーが商品を多機能化するのは、内向的なせい

日本のメーカーの商品が多機能になる理由

日本のメーカーが内向的だとタイトルで言い切っているわけですが、内向的なんですよ。内向的というのは、内気とかおとなしいという意味ではなく、外交的が自分よりも外に対して興味あると定義した場合に、外よりも自分に興味あることを指します。

この場合の外というのは、すなわち顧客のことなので、日本のメーカーは

外(顧客)のことよりも自社のことに興味がある

ということになります。

日本のメーカーが出す商品は、多機能であることは間違いありません。炊飯器にしろ洗濯機にしろレンジにしろボタンがたくさんついていて、やれることがたくさんある結果、結局何をやったら良いのかよく分からなかったりします。

なぜ多機能になるかと言えば、外(顧客)を見ないで自社のことばっかり見てるからです。例えばチョコレートを開発するとしましょう。商品開発会議において、

「最近低糖質流行ってますよねー。ニーズありそうです。」

ということで、低糖質という機能を入れ

「リッチな大人向けのカカオも流行ってますね」

ということで、リッチな大人向けのカカオも入れ

「乳酸菌入りチョコも結構売れてるみたいですよ」

ということで乳酸菌も足し

「購買頻度を上げたいと考えると、お子さんのおやつ向けにオリゴ糖も入れてはどうでしょうか」

ということでオリゴ糖も配合します。

その結果、このチョコレートには低糖質でリッチカカオで乳酸菌入りでオリゴ糖も配合されているという特徴があることになり、商品開発メンバーは「こんなにたくさん良い特徴があれば売れるぞ」ってなるんです。

では、実際に顧客が何を思って商品を買うかと言うと、コンビニとかで棚に並んでるチョコレートを一瞥して瞬時に自分が食べたいと思うチョコを選ぶわけなのです。
この時何が起こるかというと、この商品は特徴があり過ぎるので、その特徴を理解する前に、分かりやすい特徴を絞ってあげている他社の商品を選ぶ確率が高くなります。
これをメーカーの商品に例えると、機能があり過ぎてよく分からない掃除機より「吸引力が変わらない、ただひとつの掃除機であるダイソン」という分かりやすいメッセージを持っている商品を選びやすいということです。

低糖質のチョコがほしいと思っている人は「低糖質」だけをうたっているチョコを買いやすいですし、美味しいチョコを食べたいと思っている人は「リッチカカオ」をうたっているチョコを買いやすいのです。

しかし、自社のプロダクトしか見ていない内向的な組織は、顧客が選ぶ時に情報が多すぎると受け止められないという顧客目線が抜けており、自社のプロダクトをもっと良いものにしようと思うあまり、機能を重ねてしまうのです。

もう一つの内向的な理由ー業界や自社の利害関係による

この例は、顧客ではなく自社のプロダクトのみを見て機能を積んでしまう例ですが、もう一つ内向的になるケースとして、業界や自社の利害関係の方を見過ぎて顧客を見ていないというのがあります。

例えばDVDの普及に伴い、コピーガードをつけるとかつけないとかで揉めました。ハードウェアが普及してコピーガードを付けないと、不正コピーが出回ってソフトウェア産業を毀損するのではないかと各企業が恐れた故です。
特にハードウェアとコンテンツの会社を両方所有するSONYなどは、両社のバランスを取る必要があるため、コピーガード推進派であったと記憶しています。
(おなじく、iTunesが出て来た時もSONYの対応が後手に回ったのは、自社が音楽プレイヤーのハードを所有する傍ら、音楽レーベルも所有していたジレンマです。)

日本は昔から暗黙知とかすり合わせが得意だと言われていますが、この空気を読みすぎるという性質が、業界や利害関係を読みすぎて対応が後手にまわる性質に結びついているのかもしれません。
コピーガードが云々をやっている間に、一足飛びにネットフリックスやSpotifyなどのストリーミング視聴が主流になりかけていますが、そのプレイヤーたちはいずれも日本出自ではありません。(Huluは日本テレビが買収しましたが)

ちなみに、業界や自社の利害を全く読まないことで有名なのがスティーブ・ジョブズです。iPodが大ヒットし、まだまだ売上をあげていた時にiPodの機能を包括したiPhone開発に着手しているのです。
このタコが自分で足を食うことをするというのは、オーナー企業でない限り実施不可能と思われます。

ということで、まとめると内向的な会社の特徴というのは、外(顧客)を見ないで自分のプロダクトばっかり見るので、多機能化しがちになり、顧客にメッセージが届かない。あるいは、業界や自社の利害関係にとらわれすぎて、折衷案のプロダクトを検討している間に空気を読まない海外勢がやってくる、という構造が多いのではないかと思います。

水曜どうでしょうがユーチューバーのはしりである件

好きな人はとことん好きな、水曜どうでしょう


水曜どうでしょうと言えば、大泉洋を輩出した北海道初のバラエティ番組として有名です。水曜どうでしょう祭りを北海道でやると宿が埋まって取れなくなるとか、DVDの売上がすごいとか数々の伝説を残しています。

水曜どうでしょうを見ていると、今流行りのユーチューバーの原始のように見えます。水曜どうでしょうを好きな人はとことん好きだけど、興味のない人は本当に興味がありません。好きでも嫌いでもないという中間層が薄いのです。同じく、ユーチューバーが作るコンテンツも、熱狂的な人は頻繁に見るけれど、興味がない人は存在自体しらないという2極化したコンテンツです。
例えば水溜りボンドと言われても、このブログを見ている人はほとんど知らないと思いますが、若年層には圧倒的な知名度を誇るユーチューバーです。
水曜どうでしょうもユーチューバーが手掛けるコンテンツも、興味のあるなしが圧倒的に二極化しているのです。

主軸となるのはコンテンツか人か


この両者の根本的な共通点が「人が主軸になっているコンテンツ」であるということです。水曜どうでしょうファンの会話を聞いたことはないでしょうか?水曜どうでしょうファンの会話はだいたいが「ようちゃん(大泉洋)が〇〇した」とか「ミスター(大泉洋の事務所の元社長)が〇〇した」とか「ふじやん(プロデューサー)が〇〇した」など、番組出演者が主語になっており、それに付属して〇〇したという動詞をつなげて話します。主軸になっているのは、人なのです。
同様にユーチューバーも人が主軸であるコンテンツです。(個人が動画を配信しているのですから、その成り立ちからいって、自然にそうなりますね。)
ヒカキンが虫捕りに行った。ヒカキンがゲームをプレイした。など、ユーチューバー自身が主軸であり、何をするかというコンテンツそのものはあくまで副次要素なんですね。

これを地上波の番組に当てはまると、アイドル番組も同じ構造になります。乃木坂46が出演するバラエティ番組「乃木坂工事中」において主軸となるのはアイドル本人たちであり、乃木坂46に何をさせるかというコンテンツはあくまで副次要素なのです。
逆に、多くの地上波の番組は、何をするかというコンテンツが主軸であり、人が副次要素になります。クイズ番組において、クイズというコンテンツの箱が先にあり、そこに回答者(誰)をはめるかという順番です。

人が主軸の場合のコンテンツの特徴


人が主軸の場合、コンテンツの寿命は長くなります。なぜならば、人が主軸のコンテンツが終わる時は、その人自身の人気が落ちた時だからです。逆に、コンテンツが主軸の場合は、その入れ物の賞味期限が来たらコンテンツは終わります。その昔マジカル頭脳パワーという番組があり、マジカルバナナなどライトなクイズで人気を博しましたが、ライトなクイズというコンテンツのブームが終わるとともに番組が終了しました。
逆に20年以上も続いていた「SMAP×SMAP」は、SMAPが解散さえしなければ、これ以降も続いていたでしょう。以前妖怪ウォッチの誕生秘話のインタビューを読んだ時、ストーリーがあるといつか物語は終わる。しかし、サザエさんのような日常のバタバタは永続性があり、それを目指してる的な記述がありました。
サザエさんもまた、磯野家という人が主軸であるコンテンツです。「水曜どうでしょう」も1996年から今にいたるまで継続して人気を博しており、人が主軸の場合はコンテンツの寿命が長くなるのです。

アイドル番組になくて、水曜どうでしょう(またはYOUTUBE)にあるもの


地上波でいえばアイドル番組は構造として水曜どうでしょうやYOUTUBEに似ているのですが、前者にはなくて後者にはあるものがあります。それは偶発性によるハプニングというのりしろです。

水曜どうでしょうには段取りはありますが、台本がありません。日本各地をめぐってクイズに答えるという企画でも、実際にクイズに正解するかどうかを台本に織り込んでいないので、先が読めません。1日の日程も決めていないので、目標より大幅に進捗が遅れることもあります。ゆえに、偶発性が多いのでハプニングが起こりやすく、いったんハプニングが起こるとハプニングそれ自体が強力なコンテンツになりやすいのです。そういったシチュエーションは印象に残りやすいので、口コミしたくなります。

ゆえに、水曜どうでしょうファンはハプニングによって生じた名場面を語り合うのです。例えば、西表島編では虫を追う虫追い祭りという企画だったはずが、たまたま参加したガイドのロビンソンさんが面白かったことと、彼に虫追い祭りを否定されたことから、急にうなぎを採りに行ったり、エビを釣ったりと当初と全く違う企画に変更しています。(後にロビンソンフィギュアも発売されたそうな。)

マレーシアのジャングルで動物を観測するための小屋に宿泊していた時は、トラの眼が光った!と大騒ぎになり(実際はシカだった)、その時ミスターが作ったバリケードがふにゃふにゃのマットレスで、バリケードとしての役割を果たしてなかったことも「ふにゃふにゃマットレス事件」としてファンの間で語り継がれています。

同じように、YOUTUBEにも偶発性というのりしろが存在するコンテンツです。偶発性によるハプニングというのりしろは、口コミを生みやすいので、ファン同士の結束をさらに固くさせるとともに、新たなファンを獲得するツールになります。

今の地上波において、一番欠けているのがこの偶発性によるハプニングだと思いますが、2番組だけ上記の条件を同じく兼ね備えた番組を発見しました。

「もやもやさまぁーず2」と「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」です。前者はさまぁーずという人が主軸であり、台本がほぼないので偶発性による小さなハプニングだらけです。後者は蛭子能収のクズっぷりをなんとかしようとする太川陽介が主軸であり、同じく台本がないので毎回クリア出来るかドキドキハラハラです。(現在は終了。)
ちなみに「水曜どうでしょう」も含めた3番組に共通点するポイントは、人気番組であるとともにDVDが割と人気ということです。つまり、ファンの熱狂度が高いので、DVDを所有して繰り返し観たいコンテンツであるということですね。

レッドオーシャンを避けて、存在しない市場に行ってしまう失敗

成長市場にて、競合のカウンターポジションを取るべき

新規事業を始める際に最もやりがちな過ちは、市場が小さすぎるところに参入してしまうことだと思います。市場調査などを行っていると、成長市場は成長が見込まれるので競合が多いいなあということになり、競合がいない市場に行ってみたものの、市場が小さすぎてビジネスが成り立たなかったりします。

競合が多いと思われる成長市場において、その市場を避けるよりは、むしろ成長している競合のカウンターポジションを取って違うタイプの顧客を取り込んだ方が良いのです。
競合の製品がエンタープライズ向けの高価格帯商材であれば、顧客のターゲットを中小にずらして機能を中小企業向けに絞った低価格帯の商材を出すなどです。

しかし、競合が多くいる(ように見える)市場に入るのが怖いため、独自路線を走った結果「市場が存在していない」ところに参入してしまうケースが多いです。
「市場が存在していない」には2種類あって「今は市場は存在していないが、これから拡大する(これがピーターティールいうところの賛成する人が少ない真実ですね)」か、「今は市場が存在しておらず、これからも市場が存在していない」であり、圧倒的に後者の方が多いわけです。
例えば林檎を売るビジネスは昔からあるビジネスです。ここで競合にカウンターポジションを取って、顧客セグメントをずらして売るのであれば「高富裕層向けの高価格林檎」や「外食産業向けのカット済林檎」などが考えられます。特定の顧客セグメントに圧倒的に売れる商品を作るのです。

しかし「林檎は寡占市場だから、南米原産のホニャララフルーツを売ろう」となったらどうでしょうか。現状ホニャララフルーツの市場は存在していないため、その市場の開拓から始まる=つまり、顧客に対してホニャララフルーツを啓蒙しなければならないというスタートになるのです。
この時点で、すでに存在している市場よりも多くの営業人員や啓蒙のためのプロモーションコストがかかることが想定されます。

ということで、競合が多いからと成長市場を割けるあまり、変に差別化すると顧客が存在していない市場に入りがちになります。

ゴールドラッシュで最も儲けたのは誰だったか

市場が成長しきって寡占市場になっても、その市場が大きければ、その周辺事業にて儲けることが出来ます。

その昔、金を夢見た採掘者が集まったゴールドラッシュにて、一番儲けたのは「採掘者にシャベルを売った人だった」といいます。市場が成長しきった寡占市場においても、市場自体が大きければその周辺の事業の役割は大きくなります。
例えば、ソーシャルゲーム市場は市場が大きくかつすでに成熟期に入った市場だと思いますが、ソーシャルゲームの情報サイトが大きく伸びていたり、売上が下がって来たゲームタイトルを引き取って運用を行う会社なども業績を伸ばしています。

ちなみに今現在、業務系アプリケーションの市場が大きく伸びてきていますが、このITトレンドというサイトは業務系アプリケーションの一括資料請求が出来る情報サイトです。IR情報によると姉妹サイトであるBIZトレンドと合わせて直近1年の売上は9億5千万円以上あり、年平均成長率は5割近くだといいます(訪問者数は年間500万人。下手な業務系アプリケーションより儲かってますね)。

ITトレンドのビジネスモデルはアフィリエイト式であり、掲載社へ1件資料請求があるごとに成果費用が発生する形になっています。まさに業務系アプリケーションという名の金脈に集う人たちに、プロモーションという名のスコップを提供しています。

ということで、新規事業を考える際はビジョナリーなことを考えない限りは市場の大きさありきでカウンターを取るのか、周辺領域にいくのかを考えた方がいいなということでした。

1,000店超えてるって知ってた?バスキンロビンス(サーティーワン)のすごさについて

外食チェーンの山といえる1,000店舗の出店を2010年に達成

アイスクリームチェーンとして日本を牛耳っているのはバスキンロビンス(サーティーワン)一択でしょう。ちなみに日本ではサーティーワンの名前で通っていますが、世界的にはバスキンロビンスなので、サーティーワンで通じるのは日本と台湾のみとのこと。
最近は看板をbaskin BR robbins サーティワン アイスクリームとするところが増えてきていますね。

さて、バスキンロビンスの何がすごいのかといえば、1974年に日本における1店舗目をオープンして以降着々と店舗数を増やし、2010年には1,000店舗を超えて2016年度の年度末時点での店舗数は1,179店となっています。
外食チェーンにおいて1,000店舗を超えるというのはひとつの山場です。ライバルであったアイスクリームチェーンはのきなみ撤退もしくは縮小しており、アイスクリームブランドとしては盤石なハーゲンダッツも2013年に最後の店舗が閉鎖し、一時期はあんなに流行っていたコールドストーンアイスクリームは思ったように出店が進まず2014年に「築地銀だこ」を展開するホットランドに買収されています。2014年には31店舗を展開していたようですが、2017年現在公式サイトを見ると店舗は20店舗まで減っているようです。

これらを含めて考えると、サーティーワンの1,000店舗突破がいかに盤石が分かります。どこがすごいのかを具体的に見ていきましょう。

アイスクリーム店の割に高い顧客単価!意外と普通のアイス以外も売れていた!

2016年度のバスキンロビンスの決算資料を見ると売上高197億6百万円ですが、平均顧客単価が728円なのです。えっ?サーティーワンで食べるアイスってそんなに高いっけ?って思いませんか?スモールダブルで本体価格400円前後ですから、そんなに大量にアイスを食べる人がいるのだろうか?と思うのですが、その理由は売上内訳にあります。アイスクリーム部門の売上内訳が116億9千万と売り上げの約6割を占めているのですが、スペシャリティデザートが22億4千万で売り上げの11%を占めているのです。
スペシャリティデザートというのは、おそらくメニューにおけるアイスクリームケーキやサンデー、クレープといった高価格帯のメニューを指すと思われます。
アイスクリームピザは2,000円代半ば~、ケーキ類は3,000円代からあるようなので、このあたりの高価格帯の商品売上が平均単価を持ち上げてくれていると見て良いでしょう。

”誰かを誘って行きたくなる”キャンペーンの仕掛けがすごい!

サーティーワンといえば、31日にはサーティーワンの日として31%引きになるなどの割引キャンペーンを定常的に実施しています。その中でも集客のキャンペーンとして秀逸なのは「チャレンジ・ザ・トリプル」や「真夏の雪だるまキャンペーン」などの来店キャンペーンです。

「チャレンジ・ザ・トリプル」は、ダブルを買えばもう一つアイスがおまけになり、結果としてトリプルのアイスが食べられるキャンペーン。真夏の雪だるまキャンペーンは、レギュラーのアイスを買うとスモールをひとつおまけでつけてくれるというキャンペーンです。
このキャンペーンが秀逸なところは、まずインスタ映えするということです。カラフルなアイスのトリプルや、雪だるま状のアイスクリームってインスタに投稿したくなりますよね?このキャンペーン自体は昔から行われているものなのですが、SNS台頭の時代になってインスタなどのソーシャルとかなり相性が良いキャンペーンになっているわけです。

かつ、さらにこれらのキャンペーンが優秀なのは誰かを誘って行きたくなるということです。この2つのキャンペーンとも、学校帰りに友達を誘って行ってみたい、ひとつのイベントのような位置づけになっているのです。
(このキャンペーンの投稿をしている人は、実際二人で来ている人が多いのです。

【チャレンジ・ザ・トリプル】挑戦する人々の意外な事実
https://matome.naver.jp/odai/2134198867007855901

コアターゲットの女子中高生はリピート率が高い

ちなみに、コアターゲットは女子中高生に設定しているようです。(2番目は郊外ショッピングセンターなどにおけるファミリー層)
私は女子学生をターゲットにしている飲食チェーンの強みは、リピート率が高いことにあると思っています。(放課後、帰りにどこに寄り道するかという選択肢のひとつになっているということです。)
ちなみに、その前提の中で来店頻度を上げるには、たえまなく新フレーバーを投入することであり(新しいのが出たから、食べてみようかとなる)これはもちろんバスキンロビンスも実施しており、スタバもフラペチーノの新フレーバーを投入し続けています。

スタバは女子中高生が放課後に寄るスポットのひとつですが、バスキンロビンスも同様に、その選択肢に食い込んでいるのではないでしょうか。決算資料にもこのように書いてあります。

情報発信力の強い女子中高生をターゲットに
キャンペーン告知重視のTVCMを中心に
31cLub、Facebook、LINEなどのSNSを継続・強化

ということで、アイスクリームチェーンとして盤石なバスキンロビンスについて解説してみました。

出典:https://www.31ice.co.jp/contents/ir/pdf/ir201612.pdf
https://www.nikkei.com/article/DGKDASDD240OD_U4A120C1TJ0000/

平安時代の人がTwitterを受け入れても、インスタグラムを受け入れない理由

日本人は言葉遊びが好きな民族というのは、みなが賛成する事実だと思います。古くは和歌、俳句など一定のルールに従って言葉をつむいでいくという、諸外国にはない言葉遊びを生み出しています。
そしてその言葉遊びがすきなカルチャーは、2017年現在においても世界中で最もTwitterが好きな国民という事実によって裏付けられています。いうなれば、ツイッターも140文字という決められたルールの中で言葉をつむぐ言葉遊びなのです。

加えて、日本人は文脈力に長けた民族でもあります。これは言葉と言葉のあいだに秘められた意味を読んだり、その空気に乗っかるのが上手いということです。
例えば、平安時代に流行っていた(?)という和歌も、男女が和歌を交わす中で「あなたのことが好きです」っていうことを言いたいがために、ものすごい遠回しな表現を使うのです。

例えばこれは藤原のなんとかさんが書いた恋の和歌ですが

明けぬれば 暮るるものとは 知りながら
  なほうらめしき 朝ぼらけかな
  
訳:夜が明ければ、やがて日が暮れてあなたに会うことが出来ると分かっているけど、
  あなたと別れなければならない明け方がくるのがやはり恨めしく思えます。
  
朝がうらめしい→あなたとずっと一緒にいたい という文脈があるわけです。
近代になっても夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという伝説などもあり、日本人は文脈好きな民族だと思います。文脈を読み取り空気を読むうまさは、さきほどのTwitterにも表れていますが2ちゃんねるにおける空気読みの技術はすごいものがあります。

前に「深夜に未解決事件を語るわよ」というタイトルのスレッドが立っていたのですが、そこについたコメントの多くがタイトルの意図を組んで「それにしても●●事件は怖かったわよねっ」など、おネエ言葉になっていたのです。

ちなみにロシアの古典文学などを読んでみると「本当にお前は大馬鹿ものだよ。こんな息子を育てた愚かしい私を、果たして天はどう思うであろうか。ああ!」などと登場人物が思いの丈を率直に絶叫していることが多いので、やはりこの文脈力からの空気読み力は日本人特有なのかと思っています。

しかし、2017年現在、日本人根付いていたこの力は徐々に薄れいているような気がしています。平安時代は先ほどのように「明けぬれば 暮るるものとは~以下略」という遠回しな恋文を送っていましたが、現代人はLINEで

まじ、朝辛いんだけど。お前とずっといたいし。

とか、そのままの言葉を送っているのではないでしょうか。ちなみに不倫事件が起こるたびに、口にするのも恥ずかしいくらいの率直なやり取りが公開されますが、平安時代の和歌みたいな感じで遠回しの文脈であれば突っ込みにくいのではないでしょうか。

そして、世界を席巻しているインスタグラムもまた文脈がないソリューションなのです。それは写真という視覚が全てを処理するSNSだからです。(ちなみに私はスーパー文脈人間なので、ツイッターは楽しくても、インスタグラムが楽しめないです。)
しかし、インスタグラムの国内利用者は2000万人を突破したとかで、日本人もあるがままの写真をパッと見て、サッと楽しむカルチャーが根付いてきているのでしょう。
(とはいえ、日本にけるインスタグラムの普及スピードは世界に比べると圧倒的に遅かったため、やはりそこは民族性なるものが関連していたのかもしれません。)

ということで若年層を中心にこの脱・文脈みたいな傾向を感じなくもないです。特に若い人が書いた携帯小説とかを見てみると、文脈も何もなくて、現象とか登場人物の心理とかをそのまま普通に書き連ねている感じですよね。

ということで、2017年現在ではインスタグラムが普及しているわけですが、きっと平安時代の人はツイッターはやってもインスタグラムは受け付けなかったんじゃないでしょうか。

「ニンテンドーSwitch」は売れないと思った。ロジックが事実に反するとき。

事業の戦略や戦術練りは、会議室でロジックが練られるものですが、そこで出たロジックが往々にして事実に反することがあります。
前回のブログに引き続き任天堂の例になりますが「ニンテンドーSwitch」が大きく売れている中、何かのインタビューでポケモンの会社の偉い人(うろ覚えですいません)が「絶対売れないと思ってた。」と言っているのが印象的でした。
その方がなぜ売れないと思ったかというと「スマートフォンみたいな超小型端末がゲーム機として機能していて、みなそれを持ち歩いているのに、あんな鞄の大半を占拠するようなゲーム機を持ち歩く人はいない」という理由でした。

これは、ロジックとしてはしごくまともで、もし「ニンテンドーSwitch」の発売前にこの論は正しいかと人に問えば、たいていの人は「そう思う」と答えていたでしょう。
しかし、この方は発売後にSwitchを使ってみて、実際にSwitchを持ち歩くようになったといいます。それは、あまりにもゲームソフト(ゼルダの伝説)が面白すぎたからです。

机上で考えたロジックは「スマートフォンの何倍も大きなモニタごとゲーム端末を持ち歩く人はいない」というものでしたが、事実は「コンテンツが面白ければ、人は何だってやる(モニタも持ち歩く)」だったわけです。

このように事実がロジックに反する例は枚挙にいとまがなく、たいてい会議室で時間をかけすぎて出た案が、事実と異なるため結局使われないというケースをたくさん見てきたため、あまりロジックに時間を費やすのは適切ではないと思います。

ちなみにこの現象は、自分が対象顧客層でない場合は起こりやすくなります。対象となる顧客の気持ちを想像するしかないので、ロジックが占める領域が多いからです。その場合、いかに顧客の気持ちを想像出来て話を聞けるかという点が重要になりますが、ユーザーインタビューもやり方によってはもろはの剣です。なぜならば人は無意識に嘘をつくからです。

「ニンテンドーSwitch」の発売前に、端末の性能や発売されるソフトなどを説明した上で「これを持ち歩くか?」とユーザー調査をしたら、ほとんどが「持ち歩かない」と答えるでしょう。しかし、実際ゲームをプレイしてみて、ハマってしまうとモニターを持ち歩くようになるわけです。ユーザーインタビューで大切なことは、まだここにないプロダクトの説明をする意向調査にはあまり意味がないということです。むしろ、プロトタイプを作って、使ってもらうしか確認する術はありません。

また、事実がロジックに反する事象が頻発するのは、人が忘れやすい生き物だからです。「ニンテンドーSwitch」の例でいえば、ゲームはハードではなくてソフトで決まるというのはゲーム機登場以降延々言われて続けてきたことであり、さきほどの方がゲーム会社の関係者である以上、これまでも寝食を忘れてゲームにハマった経験があるはずですが、ロジックを考える時に、そういった前提の体験を忘れていることが多いのです。

ということで、ヒットするサービスやプロダクトを生み出せる人は、人間の心理行動をプリミティブな形で把握することに長けていると思います。(逆に、ロジックで考えている多くの人は、人間の心理行動に沿わずに「こう使って欲しい」という形でユーザーに提示してしまうケースが多いように思います。)

ちなみに、これがとても上手いのはサイバーエージェントの藤田社長なのではないかと思います。「AbemaTV」のオプションの一つとして、フロー型のコンテンツではなくてストック型のコンテンツにするという案もあったはずですが人間は能動的ではなく受動的な生き物であるという普遍の事実に基づいて、今の番組を流すフロー型のコンテンツにたどりついたといいます。
その他にも、人間の心理導線をかなりとらえていると思われるスキームの例として、マンガアプリ(特にピッコマ)や、秋元康さんがプロデュースするアイドルもかなり人間の心理導線に基づいて設計されていると思っています。

任天堂が、市場に欠けているピースを見つけるのが上手い理由

新規の事業やサービス、プロダクトを作る際に重要なのは、今起こっている現象において「欠けているピース」を見つけることです。例えば、どこかの街で八百屋さんを始めようと思ったとします。その街での野菜の消費量のデータを見たところ、とびぬけて大根の消費量が高かったとしましょう。すると、たいていは大根が売れているようだから、たくさん大根を仕入れよう、という結果になりますが「欠けているピース」を探すのがうまい人は「大根がたくさん売れているのは、単に産地が近くて安いという理由だから、その他の野菜も仕入れルートを開拓して値段を下げれば大根に飽きている人たちに、たくさん売れるはず」と、目の前に見えている現象に欠けていることをさぐろうとします。

任天堂は常にゲーム機においてコレをやってきたと思うのです。ニンテンドーWiiは、プレイステーションなどのゲーム機がどんどん高機能化し、マニアックなゲームユーザー向けになっている現象を見て、お母さんや子供たちも一緒に遊べる家庭用ゲーム機のピースが欠けていることに気づいて投入されたゲーム機です。

その後、スマートフォンの普及を受けてソーシャルゲーム全盛となり、もうコンソール機の需要はなくなるのではないかと言われている中で「本当のゲーム好きが遊べるハードウェアがない」という欠けているピースに対して発表したのが「ニンテンドーSwitch」なのだと思います。

任天堂以外にも、急成長を遂げる会社というのはこの「欠けているピース」を探すことに長けています。「欠けているピース」は人々の直感に反する(家庭用ゲーム機が売れるわけがない、ソーシャルゲーム全盛の時代にハードウェアなど買わない)ため、大企業が資本を投下して入りにくいからです。
例えばLINEもスマートフォン時代になってからメールというソリューションが遅れていることに気づいた会社ですし(正確に言うと先行のカカオトークの方がより先にそれに気づいていたわけですが、その市場が爆発的に成長すると確信して資本を投下し続ける決定が出来たのはLINEですね)、同じくメルカリもスマートフォン時代になってからオークションではなくて簡単にモノのやり取りをしたいと気づいた会社ですね(これもLINEと同じくすでにフリマアプリの競合は数社存在していましたが、市場の爆発的な伸びを最も確信していたのはメルカリでしょう。)

このように、急成長を遂げるためには欠けているピースを見つける力が非常に重要です。ペイパル創業者の一人であるピーターティールが著書の「ZERO TO ONE」にて「競争するな、独占せよ。」「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」と問いかけているのは、まさにこのことだと思います。

このピースを見つけることが上手い条件のひとつとして「物事を構造化してとらえられる体系的な知見」が挙げられますが、加えて最も強いのは自分自身が顧客であるという当事者の場合です。
例えばアメリカで急成長と遂げたチャットサービス「スナップチャット」は、投稿から一定期間で投稿した写真やテキストが消えるというサービスでした。チャットサービスがすでに爆発的に流行っているという現実だけ見ると、もはや参入余地がないように見えますが、それを使っていた当事者の若者にとっては「バカみたいな写真とか、うんこって送ったらずっと履歴が残るのは嫌だなあ」というニーズがあったわけです。

そして、任天堂も同じくこの当事者である顧客の視点を持ち続けていることが非常に強いことなのであろうと思います。それゆえにハードウェアにおいて時折失敗をしつつも、当事者視点がブレないため、その時において欠けているピースに気づき、そこのハマるプロダクトを提供し続けることが出来るのです。

それは創業者である山内溥氏の「任天堂は娯楽の会社で、娯楽以外はしないほうがいい。」という言葉にも現れています。徹底的に娯楽を扱い、娯楽についての当事者意識を持っているからこそ、娯楽を求める顧客にとって大切な価値を気づけるのでしょう。

これは「儲かっている市場に投資して、儲かるのであればどんな事業であってもやる」という昨今の新興企業とは異なるフィソロジーです。企業が長期的に存続し続けるためには、ある市場において企業文化レベルで当事者になることが出来るフィソロジーが重要なのかもしれません。

新しいテクノロジーが、不便をもたらす理由

新しいテクノロジーは、一般的に生活を便利にすると言われています。例えば家電の登場により家事が楽になったであるとか、携帯電話の登場によりいつでもどこでも連絡がつながるようになったとか、常に新しいテクノロジーの登場によって便利さがもたらされてきたとされています。

しかし、実はそれほど便利ではないのです。
便利かどうかの判断というのは、それを使っていて「便利だなぁ」と思う人間の主観が入って完成します。今、毎日のようにスマホを触っていて「スマホがあって便利だなぁ」と思う人はいないでしょう。なぜならばスマホがある生活というの、みんなにとって「普通」になってしまっているからです。

と、このように新しいテクノロジーの登場後しばらくは「便利だなぁ」と思いながらその恩恵を受けることになりますが、やがて時間たってくるとその状況が常態化して「普通のこと」になるので、特に便利だとは思わなくなるのです。

そして、テクノロジーの恩恵が常態化すると、現在が便利であるのではなく、以前が不便であったということになります。私たちは今スマホを手放した生活は考えられません。スイカなどの交通電子決済カードがなくなるのも無理な話です。さらに、冷蔵庫や掃除機などの家電製品がなかった時代の生活に戻ることも絶対できません。テクノロジーの発達による流れは不可逆なのです。

これはお金持ちに少し似ています。年収数百万円代の人は、年収一千万以上の人を「お金持ちで羨ましい」と思いますが、年収一千万の人はその状況が本人にとって普通であるため「年収一千万もあってありがたないなあ」とはそれほど思いません。むしろ年収数百万円代に減ってしまうことを不便だと感じるでしょう。この流れも不可逆なのです。

このように新しいテクノロジーの恩恵を受けている人は、それを「普通」と感じ、過去のことを「不便」と感じて不可逆になります。しかし、古いテクノロジーにとどまっている人たちは、自分たちの状況を「普通」と感じます。
現在あらゆるところで、この層の二極化が起こっているように思います。

例えば電子決済です。少し前に社会学者の方が「コンビニで現金を使う人は頭が悪い」という発言をしたとして話題になりましたが、この社会学者の方にとって電子決済というテクノロジーは「普通のこと」なので、現金を使っている人たちとその状況を「不便」であると感じるのです。
(付け加えると、レジに並んでいる人に現金派の人がいれば、待ち時間が長くなるため電子決済派の人は不便を感じやすい構です。)

仕事の面においても、仕事上のコミュニケーションとしてチャットという新しいテクノロジーが登場しています。IT企業を中心としてチャットワークやslackなどのチャットツールで仕事をしている企業が増えていますが、それでも以前メールを使っている企業がたくさんあります。これも、チャット派の人からすると「メールなんか、たるくてやってられない」と、不便を感じるわけです。

産業革命以降、交通・物流の発達や、家電の発達、スマートフォンという情報電子機器の発達あたりまでは、全員が同じエスカレーターに乗ってテクノロジーを享受していたため、この分断が見られなかったのですが、ここに来てさらに新しいテクノロジーの便益を受ける人と、そうでない人たちとの間に溝が生まれつつあるように思います。

しかし、冒頭にあるように新しいテクノロジーから受ける生活は不可逆になるため、この差がうまることはなく、もっと広がっていくでしょう。この両者の差はお金持ちとそうじゃない層の差にも似ているという話をしましたが、貧富の二極化という傾向に加えてテクノロジーに対して乗るかそるかの二極化というのも広がっていきそうです。