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そういえば、文化祭がしたかった

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脱出ゲームは、部活の需要と一緒

どこかに閉じ込められるというシチュエーションで謎を解いて脱出するゲーム、通称「脱出ゲーム」がすごく流行っています。先日インタビューで、「脱出ゲームの達成感は部活と同じ」という発言があって、ああなるほどなあと思いました。

部活って、チームを組んで、得も言われぬ熱さで動けるじゃないですか。合唱コンクールや文化祭も、理屈なく、みんなでひとつのものを作り上げるという根源的な熱で動けましたよね。そういった姿勢で大人たちが取り組める場所が今、無いからだと思います。

学生時代は文化祭という催しで、仲間たちと何かのプロジェクトをやり遂げたり、物を作り上げるという純粋な創作行為を集団で行うきっかけがあったのですね。
しかし、社会人になってみると、金銭的インセンティブが働くので利害関係ばかりになったりします。利害関係なく、純粋に仲間たちと一つのことに取り組むというのは、純粋に楽しいんですよね。

文化祭の最も優れた点

文化祭の最もすばらしいところは、やる気のない人たちを排除出来るという点です。文化祭には金銭的インセンティブがないので、「そんなのかったりーよー」とか言っている人たちには自動的に退出頂いて、やる気のある有志だけで行えば良いのです。

そうすると自動的に意欲の高いメンバーが残るので、素晴らしい取り組みになります。誰も「この作業は、私の業務に含まれますか?」なんて言いません。だって、全員の目指すゴールはプロジェクトの完遂ですから、ゴールするためには、皆がなんだってやるのです。

翻って考えると、会社でプロジェクトを遂行する上で困るのは、やる気のない人たちを排除できない点です。やる気のない人たちが、金銭的インセンティブに動かされて嫌々やっているケースが多々あります。お金が絡むと、やりたくなくても、プロジェクトメンバーから退出してくれません。

持論ですが、だいたい学生の時に文化祭に真面目に取り組まない人は、社会人になっても金銭的インセンティブを最優先にするケースが多いです。なまじっかこのタイプが管理職にいたりすると、何かをやり遂げるというよりは失点(インセンティブが減ること)を恐れる人が多いので、保守的になって新しいことに挑戦しなくなります。仕事の仕方を見てると「多分この人、文化祭に参加しなかったタイプだな」と思うことが多々あります。
このへんは、お金が絡むと楽しさが失われるというソーヤ効果も関係しているのかもしれません。

ということで、最も理想とするプロジェクトの形は文化祭です。やる気のない人はさっさと帰ってね、というスタイルの方が新規事業においては確実に良いモノが出来ると思うのですが。ああ、文化祭やりたいなぁ。

政治をしないで目的を達成するには

転職前回のエントリで、一見クリエイティブな仕事をしている人も政治をしてるよねという話題を書いたのですが、それでも政治なんて出来るだけしたくないわけです。

じゃあ、政治をしたくない、もしくは出来ない人はどういう組織で、どういうコミュニケーションをしていったら良いのか。これには二通りあると思います。(主体的にやりたいことがある人の場合という前提です。)

自分の城を築く

前回のエントリに登場した「押井守監督の「勝つために見る映画」という連載に、押井監督がジョージ・ルーカスに会いたいと言われて訪ねていくエピソードがあります。

ルーカスさんはどこにいるんですか。
押井:ルーカスは、その広大なスタジオの中の秘密の小部屋に稀に滞在してるんだそうです。屋根裏部屋みたいな場所。そこに行く道筋は外からはまったく分からない。忍者屋敷みたいに壁の一部が突然ゴーンと開いて、そこにエレベーターのトビラが出現して、そこからしか入れないんです。

それを知っているということは、ルーカスに会ったんですね。

押井:以前、僕がスカイウォーカーランチで「イノセンス」という映画のダビングをしてたときに「ルーカスがあなたに会ってもいいと言ってる。ただしあなた以外来ちゃダメ」って言われて会いに行ったんです。その秘密の扉を開けて、彼の直属スタッフ、親衛隊が仕事をしている部屋の横を抜けて、もう「謁見」って感じなんですよ。

実際会話をしてみても、あまり話が弾まなかったようでルーカスさんはあまりコミュニケーションがうまくない。つまり、コミュニケーションが上手く取れず、政治的な動きが取れない人はこのように自分の城を築いちゃうというのも一つのコミュニケーション術なのだと思います。これは押井監督の著書コミュニケーションは、要らない (幻冬舎新書)でもそう言及されています。

でも、お気づきの通り大変な天才でなければそんなことは出来ません。日本でいうと自分のスタジオを作ってしまった宮崎駿などごく一部の天才しか出来ないのです。じゃあ、常人はどうすれば良いのでしょうか。

仲間たちと、小額のコストでプロジェクトを立ち上げる

今まで挙げたケース、押井監督、ジョージ・ルーカス、宮崎駿のプロジェクトには、全て共通点があります。全て予算が巨額なのです。大きなお金が動くということは、それだけ政治が絡むことが必須になり、押井監督は他人のお金で作品を作っている以上政治をしているわけで、ルーカスさんと宮崎駿監督は、政治をしなくて良いように自分の城を作ったのです。

つまり、政治をしなくて良い組織に属するには、巨額のお金が動かないところに身をおくのが一つの手です。特にホリエモンもよく言っていることですがサーバー費用などITにおけるコストが劇的に下がっているので、仲間を集めればあとは数万円の費用でサービスを作れたりします。

仲間。。そう、仲間を作る作業をしなければならないわけです。これが一番大変だし、この時点で成否が9割以上決まっているのです。極論を言えば一人でやっても良いのですが、一人のスキルでカバーできる領域は限られています。仲間を作るためにはどうしたら良いか、先日書店で見つけた君に友だちはいらない という本がとても参考になります。
エンジェル投資家の著者の主張にはかなり頷けます。特に共感したのが、FacebookとTwitter上の知り合いなんて役に立たないということです。

真の仲間とは、一緒に何らかの状況をくぐり抜けてその人の本質が分かっている人物です。私も常日頃思うのですが、人の本性は仕事をして初めて分かると思います。普通につきあっている分には良い人なのに、仕事になると全くちゃんとやってくれない人っていますよね。人の本性というものは、FacebookやTwitter上だけでは分からないのです。

同じ職場や学校で何らかのプロジェクトを体験した仲間がベストですが、社会に出てから仲間を探すのであれば、一緒に何らか小さな仕事をしてみて、その人の本質を見る必要があります。

ということで、組織上の政治が嫌な人は自分が一緒にやりたいと思う仲間を手をかけて探さなければならないのですよね。
このエントリに登場した書籍は非常に参考になるのでぜひ。



クリエイティブな人も、政治している

転職

押井守監督の勝敗論

前回のエントリは、組織内で最も実用性のある能力とは、政治力を身につけるなんじゃという話題でした。でも「政治なんかやりたくないやい!」という人もたくさんいると思うんですよね。なにを隠そう私もそうです。

しかし、企業の中にいる限りは政治というのは避けて通れない問題です。一見めちゃくちゃクリエイティブなことをしている人だって政治をしています。「攻殻機動隊」シリーズ等で有名な押井守監督も「押井守監督の「勝つために見る映画」という連載を昨年までしており、古今東西の映画を紹介しながら、組織論や勝敗論を解説しています。
この連載から引用した以下コメントを見ても、押井監督って組織のことがよく分かってるんだなぁと思います。

押井:そう考えると、今の日本の企業なんて、みんな中間管理職が支えてるんだよ。上にはコロコロ変わる経営陣がいて、下には使えないダメな社員たちの大群がいて、誰がこの会社を守るんだって(笑)。部長とか課長が頑張ってるんだよ。出版社で言ったら編集長は基本的にはお飾りで、実際には副編が踏ん張ってるんじゃないかな。編集長は責任を取るためにいるだけで。

ゴールにたどりつけば、騙したことにならない

巨額のお金を動かして映画を作るには、たくさんの政治が必要なのですね。出資元やプロデューサーやらいろんな人たちが口を出してくる。その中でいかに人を動かして作品を守るか。更に以下のコメントからも、押井監督の政治的手腕が伝わってきます。人は正論では動かない。だから、あえて聞かれてないことは答えない、ある意味で、まわりを騙すことが必要だと言います。

僕らで言うならひとつの映画、会社で言うならひとつのプロジェクトを請け負って、部下を動かさなきゃいけない。だいたい部下というのはどうしようもない連中ばっかりで、文句言うだけの奴とか不満分子とか自分だけ楽しようとする奴とかそういうのばっかりなんだけど、でもそいつらがいないと仕事ができない。どんな戦争も兵隊なしでは戦えないんです。

「どうやってこいつを動かそうか」って言うときには、希望を与えなきゃダメなんです。何かを保証してあげなきゃいけない。でもその希望には何の根拠もない、そのときあなたはどうする? っていうさ。

相手に正論を振りかざすよりも、政治的手腕を駆使してゴール地点にたどり着く。ゴール地点にたどり着ければ、嘘は嘘ではなくなり、騙していないことになる。

逆に言えば、正直にお答えして玉砕することが目的じゃないんですよ。言わなくていいことまで言って轟沈したいのか。敢えて黙っているのはその時点では詐欺みたいなもんだけど、映画が完成してみたら、時間が経ってみたら騙してなかった、というふうに努力するべきなんです。

そして、それをこそ「勝負」と言うんです。真っ向から激突してノックアウトされるのは、勝負とは言わない。日本人はそういうの好きだけど。「負けるとわかってる勝負でも、男は立たねばならぬ」とか言ってるからダメなんだって!

勝つためには宮本武蔵みたいに大遅刻して心理戦をやってもいいし、全員を騙してもいい。監督は自分のスタッフとも戦うし、何よりも「自分の雇い主とも戦う」んだよ。

ということで、押井監督はクリエイティブでありながら同時に組織の指揮官なのだと思うんですね。このように一見クリエイティブに見える仕事も実際は組織論や勝敗論が重要になってくるのです。次回のエントリでは、それでも、そういった組織から離れて個人で好きなようにやることは可能なのかを考えてみたいと思います。

「効率的に会議を進める○の法則」以上に大事なこと

騒音実際に使ったことある?

よくツイッターとかでこういう「○の法則」的な記事が回ってきます。そういう記事にいいね!したり、「良記事。納得した」とかツイートしているあなた、心に問いかけてみてください。それを、実践したことありますか?多分したことのない人の方が、大多数なのです。なぜか。

「効率的に会議を進める○の法則」が有効に働くのは、会議のファシリテーター(司会者)だからです。会議の効率的な進め方は、語り尽くされているので、こういう記事を読んでいる人であれば、会議そのものよりも事前の準備が大事であることは分かると思います。でも、実際に事前に資料を配布して皆に見てもらい、会議自体を意思決定の場に変えるのはファシリテーター(司会者)じゃないと出来ないのです。

「プロジェクトを円滑に進める○の方法」というのも同じことで、プロジェクトリーダーが読まないと意味がないのです。そもそも動かしたり進めたりする権限がないのですから。

最も大事なのは、泥臭い政治力

というわけで最近思うのが、物事をちゃんと進めたり、効率的に進行させるハウツーよりも、大事なやつがあるんですね、たぶん。
それが政治力というやつです。
むしろハウツーがあったとしても、政治力がないとなんともならない。ガソリンの入ってないエンジン、電池のキレたロボットと同じなのです。実行出来ないのですから。

なので、「権限を持ってない現場の人間が、いかに上の機嫌を損なうことなく進言するか」とか「ダラダラ会議をやりたがる責任者をうまい具合に丸める」とか、いかにも泥臭い政治を身につけないといけないわけです。

もう、書いてるだけでめんどくさいなぁと思ってしまうのですが。

しかし、人が集まる以上は、政治は必ず起きるものです。最近ライフネット生命の出口社長の組織論をネットなどで拝見し、感銘を受けていたのですが、出口さんは生粋の読書家として知られており、特に古典を読むことを奨められております。中国の古典で、泥臭い上司との関係を描いた「宋名臣言行録」という古典があると紹介されていたので読んでみたのですが、これが実に生々しい。

ということで、なんとかハックとかそういうハウツーを学ぶ前に、中国の古典で人間関係の泥臭さを学ぶのが先なんじゃと思うのでした。

ちなみに、組織論の究極的な目的は、現場の人間にこういうめんどくさい政治をさせないことな気がします。
Think Simple

社長目線で働こう

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社長目線とは、全体最適化をすること

少し前に「社長になった気持ちで仕事に当たろう」という提言に大して「なぜイチ従業員が、給料も見合っていないのに社長になった気持ちで死ぬほど働かなければならないのか」という指摘が行われてました。

これは、社長目線で働くということの意味の取り方が、ちょっと本質的じゃない気がします。

社長目線で働くとは「部分最適化をするな、全体最適化をしろ」ということだと思うのです。例えばとあるアパレルメーカーがあったとして、営業部門はじゃんじゃん営業をかけて自社の製品を売り込みます。しかし、製造部門からなかなか潤沢に製品が納入されません。営業部門の責任者が製造部門の責任者に掛け合うと「じゃんじゃん作って在庫が積まれたら製造部門の責任になりますから」の一言。営業部門の責任者は「こっちが営業かけて売ってきてるのに、何を言ってるんだ!」とやり返して喧嘩になります。

そして、どこまでいっても平行線をたどります。これが部分最適化をしている組織の例です。営業部門は、とにかく商品を売ってくることがチームのミッションなので、鬼のように営業をしまくります。在庫なんて気にしません。製造部門は在庫をコントロールしながら返品率を下げることがチームのミッションなので、なるべく品質が高く、在庫が出ないように調整をします。どれだけ営業が売ってくるかなんて気にしません。

と、このように部分最適化(自分の所属チームのことしか見えてない)と、全体最適化(会社にとっての幸せ)が出来ないのです。

部分最適化を押し上げた成果型人事評価

それでは自分が社長だったらどうしますかね。営業をかけてお客さんが買ってくれると言っているのであれば、自社の利益に繋がるので売りたいですよね。しかし、製造部門が返品や在庫のことを気にする気持ちもわかりますね。しかし、物事はトレードオフなので、

「とりあえず製造ラインを増やして、納品を急ごう。返品率が○パーセントを超えたら考える」

とか

「製造ラインはこのままで品質を保とう。営業部門からお客さんに説明して、うちが品質重視であることをわかってもらおう」

とか

全体最適を考えた上で、いずれかのバランスに寄った結論を出すことになります。これが社長目線で働くという言葉の本質だと思います。

ただ、欧米型の成果型人事評価制度が導入されてしまったことで、ほとんどの人が部分最適化しか考えなくなってしまいました。

例えば営業部門だったら人事評価シートに受注○件獲得って書いてあるでしょうし、製造部門だったら返品率○パーセント以下って書いてあります。これを守れなかったら給料が上がらない(もしくは減る)というインセンティブが働いてしまうので、よほど昇進や評価に興味ない限り自分のチームのことしか考えられなくなってしまうのです。

ということで、欧米型評価制度を部分的に導入した故に全体最適化(=社長目線で働こう)が更に機能しなくなっているように思います。でも、見る人が見れば、きっと社長目線を持っている人かどうかはわかるはず。ということで、明日からも頑張って社長目線で働きましょう。

Think Simpleなジョブズ、複雑さを好む人々

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徹底した、容赦のないシンプルさ

ジョブズ関係の書籍で一番良かったのが「Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学」です。iMacを命名したクリエイティブ・ディレクターが書いた本なのですが、ジョブズ、そしてアップルが様々な局面でいかにシンプルだったかを書いています。

シンプルとは何か。

それは人間関係、マーケティング、プロモーション、プロダクトの作り方など、すべてにおいて共通する通念です。

例えばジョブズがアップルに復帰した際、アップルの社内ではありとあらゆるプロダクトが作られており、商品ラインナップは複雑を極めていました。ジョブズはマトリックス図を書き、

・ノート-プロ仕様
・ノート-一般仕様
・デスクトップ-プロ仕様
・デスクトップ-一般仕様

の4種に商品ラインナップを絞って、他は全部切り捨てることを進言します。おかげで、私たちはMacのノートPCを買いたいと思ったときには、ほんの2種類の選択をするだけ済みます。Airにするか、Proにするかです。
他のメーカーでパソコンを買おうとすると、なんちゃらC-2000とか、なんちゃらD-3000-proとか、何の違いがあって何がすごいのかよく分かりません。

人間関係についてもシンプルさを求めます。ある会議においてジョブズは、室内に座っていた見慣れぬメンバー(同席した他のメンバーから出席するように言われた人物)に対して、部屋を出て行くように言いました。会議に出席する人数を限定してシンプルにしたのです。

さらにアップルストアを作る際、長い時間をかけてプロトタイプの店舗を作り、いよいよオープン日を迎えようとしていたさなか、担当者が致命的なミスに気づきます。現状の店舗は、製品のラインナップ別にレイアウトを考えていました。しかし、アップルブランドをリアル店舗で扱うのであれば、消費者の生活導線別にレイアウトするべきなのです。この間違いを正そうとすれば、今までに時間をかけて築いてきたものを0にしてやり直すことになります。担当者は真っ青になりながらジョブズに報告し激しい叱責をうけますが、やはりジョブズも0に戻して作り直すことを決断します。

シンプルに出来るかどうかは、経営者の裁量

本書にもあるように、世の中の人々は複雑さを好みます。放っておけばどんどん複雑になっていき、シンプルの杖をふるうまでブロックを積み上げようとするのです。

たとえば、Macの製品をたった4つのラインナップに絞ったアップルと比較して、docomoのガラケーは全体を把握できないほどラインナップがありました。docomoはラインナップをそのままにして、STYLEとかPROなどのカテゴリ分けをしたのです。(おかげで、STYLEがどういうカテゴリなのかという、カテゴリ自体も認識しなければならなくなりました。)

つまり、複雑なブロックをそのままにして、さらに上にブロックを積み上げたのです。

会議についても、世の中にはたいてい「なんとかPT」という会議帯があります。部署を横断して20~30人程度の人間をあつめて皆で話し合おうという会議です。会議には部署ごとのメンツや事情などが持ち込まれ、積み上げ続けられる複雑さというブロックによって、特に収穫もないまま会議ごと瓦解していきます。

よくミもフタもない。という意見を聞きますが、物事の本質や解決方法はミもフタもないものだったります。問題を突き詰めると構造的な問題であることが多く、

・0から作り直す
・止める

の選択肢しかない場合がけっこうあります。
そのミもフタもない手段が取れるということが、シンプルに考えるということです。普通はその複雑さの上に、さらに複雑なブロックを乗せます。今まで費やした時間・費用がサンクコストになってしまったり、上から怒られるのが怖いからです。

故に、徹底的に経営層がシンプルの杖を振り続けない限り、現場はどんどん複雑になっていきます。私は、たまに意見を求められて、突き詰めた結論がミもフタもない意見だったとしても、それが正解であると思えば口にしますが、たいてい相手は怒り出します。たいていこんな感じです。

「じゃあ、今までやってたことが無駄だっていうの?」
「そんなの、上に報告したら怒られるに決まってる」

ということで、シンプルな考え方は最高決定権を持っている人の考え方に依存するわけです。一番上の人がミもフタもない意見でも正解だと思って採用する度量があれば、組織はシンプルな方に開ける思考性を身に着けるかもしれません。

組織への所属意識が強いと、顧客に最適解を示せないという話

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覆面調査で最悪の評価だったユナイテッドアローズの販売員

「ユナイテッドアローズ 心に響くサービス」という本を読んで目に留まった話があります。この会社は接客に力を入れており、お客さんになりすました調査員が接客を受けて販売員を採点する覆面調査をするそうです。そこで最悪の評価を受けてしまった販売員さんがいました。

お客さんがコートを探しており、試着をしたもののサイズが合わない。丈を詰めることを検討したものの、結局他のライバル店の商品を紹介してしまったのです。

これは確かに商いのことを考えると最悪でしょう。本来自社につくべき売上が、社内の人間の手によってわざわざライバル店に持っていかれてしまったのです。しかし、お客さんの立場から考えると最高の接客だったと思います。お客さんにとっては、どこのブランドで買おうと自分に合う洋服が欲しいわけですから、それを推薦してくれるというのは最高の対応ですよね。

この販売員さんは、また同じシチュエーションが起こっても同じことをすると思うと話していましたが、こういう人は稀有だと思います。ほとんどの人は、商いのことを考えてしまいます。

・アパレルの店員は、お客さんにサイズが合わないと思っても売ってしまえば売り上げになるし
・英会話教室の人は、基礎から勉強しないと無理そうな人のレッスン加入を止めないでしょうし
・不動産の人は、自分で妙な物件だなぁと思っていても買い手が良しとすれば売ってしまうでしょうし
・広告代理店の人は、効果があがらないかもと思いつつも、自社のイチオシ広告を薦めるでしょうし
・新聞販売をしている人は、お客さんが読まないと分かっていても洗剤を渡して購読してもらうでしょう。

と、例をあげてみましたが、月々のノルマを背負っていると「うーん」と思っても、顧客さえ良しということであれば、売ってしまうと思います。

新しいモノを作ろうとしても、自社の商品を組み込まざる追えない

さらに、立場を考えると発言も自由に出来なかったりします。例えば、新聞社・テレビの人が「新聞・テレビはオワコン。これからはネット」とは口が裂けても言えないですし、マクドナルドの人が「牛肉や脂を毎日摂取すると毒」ともいえないですよね。

これは組織にサラリーを貰っており、金銭的にコミットしているということと、組織への所属意識から起こる現象です。この意識が強すぎると、何かにつけて最適解が出ません。例えばテレビ局の人だったら、新しいメディアを立ち上げようとなっても、テレビを排除して考えることは出来ません。「インターネットを活用しながら、テレビを視聴してもらって・・・」と、顧客の都合とは関係ないところで自社の商品を組み込まないといけないからです。

しかし、現代では一つの事業の寿命がどんどん短くなっているので、この考え方が浸透しすぎると市場環境の変化に耐えられなくて、終わっている事業を延命しようとするゾンビ化現象に繋がると思うんですよね。
「根本的に無理だから、0から考えようよ」と、言える人がいないわけです。

ということで、冒頭の販売員さんに戻るのですが、ユナイテッドアローズの社員であるという前に一人の個人としてお客さんにアドバイスをしたと思うんですよね。自分が販売員ではなくてお客さんの友達だったら、親身になって同じことをするでしょう。

私も何か考えるときは、まず個人として最適解を考えるようにしています。そして、その最適解が自社の商品とマッチしないのであれば、それはそれで正直に伝えるべきです。たとえその時機会損失になったとしても、顧客との絆が深まります。
組織の都合を考えずに最適解を考えれば、良い物が世の中にどんどん出て行きます。

ということで、組織にも組織の良さがあると思いますが、これからは個人として立脚した立場での思考っていうのが大事になってくると思います。

「自分が何をやりたいのか分からない」という人に

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9割以上の人は、事業・サービスを運用する人

学生の方を中心に、自分が何をやりたいのかよく分からないという悩みを聞きます。その悩みの一助になればと、仕事を体系的に分類してみました。

まず、この表をご覧ください。これは、ITでも製造でもサービスでも何でも良いのですが、一つの事業・サービスが立ち上がって成長していくまでの図です。順番に説明していきます。
事業

1.ゼロからイチを立ち上げる~事業の芽生え~
何もないところから、事業が立ち上がるタームです。アスファルトを破って植物が咲いていたりしますが、あのイメージに近いです。

2.立ち上げた事業が伸びる
ゼロからイチになった事業を、2、3、4、5、と伸ばしていくタームです。出来たばかりの新規事業・サービスは生まれたての赤ちゃんですから、毎日気が抜けません。高速でPDCAを回していき、顧客にとって完全だと思える商品に固めていきます。

3.ギャズムを超える
ある程度普及した事業・サービスにドライブをかけて、ギャズム(一般の人々が使う前に存在する壁のこと)を超えるタイミングです。事業の形は固まっていますから、他業種との提携や買収、プロモーション、営業等のマーケティング戦略が重要になってきます。

4.一般に普及し、成熟した事業・サービスを経営する
一般に普及し、マネタイズのサイクルも回っている事業の経営をします。引き続きマーケティング戦略が重要になります。

5.成熟した事業・サービスの運用
ギャズムを突破して成熟に入った事業・サービスを運用します。規模が多ければ多いだけ、ここに多数の人材が必要になります。運用と呼びましたが、事業継続に必要な部隊全体をそう呼びます。運用、営業、カスタマーサポート、財務・経理、プロモーション、等々細かいセクションに分けて人が配分されます。

ということで、事業・サービスはこの5つのタームに分かれます。そして、どのタームに参加したいか?ということが、すなわち何の仕事をしたいかになります。

そして、何をしたいか分からない人は、5.「事業・サービスを運用する人」に属しているのです。

5.「事業・サービスを運用する人」
物理的に必要とされる人数が多いのがこのグループです。そして新卒で入社した人たちが配属されるのも、もちろんこのグループです。このグループの中において、「事業の内容にこだわるORこだわらない」か、「やることの内容にこだわるORこだわらない」というのがあります。

これを図にすると、以下の4種類になります。
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a.事業の内容とやることの内容、どちらもこだわる
b.事業の内容にこだわるが、やることの内容にはこだわらない
c.事業の内容にはこだわらないが、やることにはこだわる
d.どちらもこだわらない

このうち、aは何をしたいか分かっている人なので除外します。そして、bの人は目的の事業はあると思うので、とりえず目的の事業者の採用状況を調べてみたら良いと思います。cについては、同じ職種でも様々な業種に散らばっている可能性があるので、専門のエージェントに相談してみると良いかもしれません。そして、dの人はこだわらないというか、何をやりたいのか分からないということだと思います。
このカテゴリの人は、悩むだけ無駄かなと思います。メロンパンって美味しいかなって悩むよりは、食べてみて口に合うかどうかを試した方が早いです。で、口に合わなかったら違うパンを食べればいいのです。なので、若い人はえり好みしないで飛び込んでしまった方が良いと思います。想像と実態は違いますから、体で実態を確かめた方が、万が一「やっぱり違かった!」と思っても、次の職を選ぶためのアンカーになります。

事業を立ち上げるのは、Stay Foolishな人。成長させるのは秀才。

ということで、5.以外の人々についても解説してみます。この人たちは、目的意識がはっきりしている人たちです。

3.4「事業・サービスのギャズムを超えさせて、経営する人」
ある程度育ってきたサービスを一般に普及させ、成熟期に入って以降も市場の波をよみながらコントロールする人です。経営、金融、マーケティングの知識に長けた大人が担うべき役目です。googleにおけるエリック・シュミット、日本でいえばマクドナルドの社長、原田泳幸さんが当たるのではないでしょうか。このカテゴリに属する人は、爆発的に市場に商品を拡大させる目的なので、あまり事業・サービスに対する好みで選ばず、事業・サービスの潜在的な可能性を重視しています。
蛇足ですが、成熟に入った事業・サービスのかじ取りをしているのは、このグループの人なのですが、たまに「5.事業・サービスを運用する人」が、ものしり顔に俺がやったった。って言っている場合があります・・・。

1.2「ゼロからイチを立ち上げ、伸ばす人」
起業家に該当するグループです。世の中の空気を読み取って、まだこの世に存在しないモノを生み出すので非常にリスクが高く、大変です。ゆえに、ジョブズ言うところの「Stay Hungry. Stay Foolish.」の人たちがこのグループに属します。日本の起業家の人を見ても、大学を中退している人がけっこういます。この分野に挑戦する人は、ものすごく確率の低いギャンブルをすることになるので、自分が心底打ち込める物事をする傾向があると思います。

まとめ

まとめると以下のようなことになります。

9割以上の人たちはココ⇒5「の事業・サービスを運用する人」
全体の1割未満に属する高学歴エリート⇒3.4「事業・サービスのギャズムを超えさせて、経営する人」
Stay Hungry. Stay Foolishな人1.2「ゼロからイチを立ち上げ、伸ばす人」

繰り返しますが、とりあえず何やろうか悩んでいる人は、本が好きだから編集とか、何かを進めるのが好きだから営業とか、そういう安易な考えで飛び込んじゃってはいかがでしょうか。きっとよくよく考えても結果はそれほど変わらないし、飛び込むタイミングが早い方が学びも早いと思います。

日本独特の成果主義がもたらすデメリット

成果主義

大企業が次々導入するも、相次ぐ撤回

前から言われていることですが、日本は年功序列で黙っていても年齢に合わせて給与が上がっていく時代がありました。しかし、90年代後半から2000年代中ごろまでに、多くの大企業が達成指標を以って評価を決定する成果主義を導入しています。しかし、不整合が生じて2000年代後半に撤回する企業も相次いでいるようです。私も、常々問題があるなぁと感じていたので、いくつか問題点を列挙してみたいと思います。

1.本来成果主義で図ってはいけない職位に導入されている
成果主義が導入されるべきは、その人の働きが直接業績に影響したり、将来的にインパクトを与える事業を起こすような人材のみなのです。しかし、せーので全社で導入されてしまったため、一般の事務職にまで適応されてしまいました。一般の事務職の成果って何だろうと考えると、「お客様に良く思って頂けるような会議室への通し方」とか「かかってきた電話を丁寧に対応」とか妙なことになります。

2.短期的な業績低下で評価が下がるので、誰もリスクを取りたがらない
全員が利益を十分に上げている事業に携わろうとします。その結果、新規事業などのどう転がるか分からない事業には逆に参加を避けるようになります。何かをして失敗するよりも、何もしないで失敗しない方が評価が良いからです。次に会社を支える新しい事業が育ちにくくなります。

3.評価に個人のバイアスがかかる
これは人間なのでしょうがないと言えばしょうがないですが、ものすごくバイアスがかかります。例えば評価者が営業出身だったら営業畑の人間の方が評価が高いですし、技術者だったら技術畑の人間を評価します。さらに日頃から評価者にどう思われているかがポイントになってくるので、飲み会などに参加したり、遅くまで残業をしてアピールすることが重要になってくる場合もあります。

4.顧客を見ないで上司の顔を見るようになる。
評価者へのアピールが重要になりますから、顧客を見ないで上司の方を向いて仕事をすることになります。例えばノルマ達成のためにあまり良くないと思っている商品を顧客にゴリ押ししたり、短期的な数値達成のために長期的にはデメリットとなる手法を使って売上を積み上げる等です。

5.評価に関係ないこと以外はやらなくなる
自分が評価シートに記述したこと以外をしても評価されないので、目立った部分のみを頑張って、それ以外の地味な業務には手をつけなくなります。ある大企業では成果主義を導入後、先輩が後輩をライバルと見なして教育をしなくなったので、導入を撤回したケースもあります。

これからはチームの時代

ということで、今のところ成果主義はほとんど上手く機能してないのではないでしょうか。成果主義が機能するのは「個人としてプロフィットが上げられる職業(しかも短期的に)」に絞った方が良いんじゃないでしょうか。投資化とか金融関係の業界は向いていると思います。

その他においては、チームで仕事をする時代ですから、チーム内の結束力が高くなるような制度にすべきではないかと。例えば、チームを分けて全員の職能給は同レベルにしておき、チーム単位で長期的な視点で競わせるとか。そうすると「自分のために何ができるか」ではなくて「チームのために何ができるか」という視点に切り替わりますよね。

とりあえず、成果主義といいつつ、実態の成果手法は日本社会にありがちな馴れ合いになっているなぁと思います。

なぜ、会議中にツイッターを見てしまうのか

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情報共有の会議、聞いている人は半分以下―。

よく業界のトレンドやマーケティング情報等を発表し合う会議ってありますよね。例に漏れず、私もそういう会議に参加しているのですが、気が付くと出席者の半分以上は発表者の話を聞いていないのです。何をやっているかといえば、ツイッターかフェイスブックをしています。何故話を聞かなくなるか考えると、以下の2つのどちらかだと思うんですね。

1.そもそも業界のトレンドやマーケティング情報に興味がない
2.トレンドやマーケティング情報に興味はあるけれど、発表者の話には興味がない

だいたい1.に該当する人はフェイスブックで友だちの近況を見たり、2ちゃんねるのまとめブログを見ている人です。では、2に属する人が何をやっているかと言えば、目の前で発表者が語っているかたわら、ツイッターで情報収集しています。目の前に話している人がいるのにも関わらず、です。

発表者の人を観察してみると、たいていネットの情報をそのまま読み上げているだけだったりします。ネットの情報を読み上げるのであれば、自分でその文章を読んだ方が所用時間が短くなります。だから、デキると言われている人ほど目の前の発表者の話は聞かず、ニュースサイトやブログ、ツイッターを循環して情報収集しているのです。

ニュースに文脈を与えよう

ニュースソースがネットである以上、アクセスは誰でも出来るわけですから、そこに情報の整理や発表者の視点が入ることにより、文脈が生まれて面白くなってきます。NAVERまとめが面白いのは、個別に存在している風に見える単体の事象を紐づけたり、まとめ作成者が独自の切り口を入れることによって文脈が生まれるからです。

例えば、以下がつまらない人の発表内容。

1.A社がカード系ソーシャルゲーム出しました。ゲームの特徴は、コレコレこうです。
2.B社もカード系ソーシャルゲーム出しました。ゲームの特徴は、コレコレこうです。
3.C社もカード系ソーシャルゲーム出しました。ゲームの特徴は、コレコレこうです。

これに視点や切り口を入れて文脈を与えると、

競合のA、B、C社が一斉にゲームをリリースしました。3社の内容を比較すると、かくかくしかじかの差別ポイントがあります。A社、B社はこのジャンルが得意なのでこれまでのタイトルをなぞる形ですが、C社は今まで売れ筋だった箱庭系がダウントレンドなので新しいロジックに挑戦しているような状態です。

となります。

このように、人の興味を惹ける発表するということは、

1.ニュース記事にある以上の情報を持っておく必要がある
=A社、B社はこのジャンルが得意,C社は今まで売れ筋だった箱庭系がダウントレンド

2.自分の思考の結果、生まれた視点を入れる
=C社は今まで売れ筋だった箱庭系がダウントレンドなので新しいロジックに挑戦

が必要になります。今書いていて思ったのが、これはブログを書くことと似てるので、会議に参加するメンバーにブログを書いてもらうと、レベルが一気に上がるかもしれません。