私たちが「Tポイントカードを持っていますか?」と聞かれ続けた理由

ファミマを訪れる多数派は、Tポイントカードを持っていないか、ポイントを意識していない

ファミマで「Tポイントカード持っていますか?」って聞かれてイラっとした人はけっこういると思うんですよ。一回や二回ならまだしも、行くたびに聞かれると「だから、持ってねーっつてるだろー」っていう気持ちになるのも、いたしかたないわけです。
(最近は、あまり聞かれなくなった気もしますが。)

実際にTポイントカードを持っている人がどのくらいいるか調べてみたのですが、なんと5,981万人もいるんですよ(2016年時点)。
この資料によると、日本の総人口の47%が持っている計算になります。

カルチュア・コンビニエンス・クラブの取組みについて
(Tカード/Tポイント物価指数)
http://www.stat.go.jp/info/kenkyu/sss/pdf/161014_shiryou2.pdf

しかも、20代~70代に絞ると持っている比率はさらに高いわけです。ここまで、みんなが持っている割に存在感が薄い気がするのは、Tポイントがファミリーマート他の様々なサービスと提携しまくっているため、提携のサービスに入会すると自動的にTポイントカードの機能がついてくるためでしょう。Tポイントカードを持っている意識は薄いが、結果として持っている層が多いのではないでしょうか。

ちなみに、ファミリーマートの来店客数は1日に1,000万人とあります。(2014年時点)

ファミリーマートアニュアルリポート
http://www.fu-hd.com/ir/library/annual/document/fm/fm2014.pdf

ものすごいざっくり計算すると、来店者のうちの半分くらいはTポイントを保持している形になります。
(総人口には赤ちゃんなども含まれるため、実際Tポイントを所有している割合はもっと高くなりますが、ざっくりで言うと。)

そして、店員が「Tポイントカードを持っていますか?」という問いが有効なのは、Tポイントカードを持っていてポイントを貯めているけれど、出し忘れている人です。
来店客の内訳を整理すると

1そもそもTポイントカードを持っていない(来店者のうち半分弱くらい)
2Tポイントカードを持っているが、ポイントを貯めてない(来店者のうち半分強のうちのX割程度)
3Tポイントカードを持っていて、ポイントを貯めているが出し忘れた(来店者のうち半分強のうちのX割程度)
※冒頭のグラフ参照。

ということになり、少なくとも1と2で全体の6~8割くらいは占めるのではないかと思うわけです。ということは、「Tポイントカード持っていますか?」という一言で便益を受けるのは全体の2~4割ということになります。
残りの6~8割は「毎回聞かれるとイラっとする」のクラスタなのではないでしょうか。

ということで整理すると、お客さん全員に「Tポイントカードを持ってますか?」と聞かない方が良いと思うのですが、なぜ聞かれてきたのでしょうか。Tポイントカードを引き合いに出しましたが、nanacoだとかWAONだとか、そのほかポイントの類は全て「お持ちですか?」と聞かれます。

クレームや問い合わせによって、少数派の声が大きく見える

それは、2~4割のポイントを集めている顧客によるクレームが怖いからではないでしょうか。だいたいのポイント系カードは、会計後の後付け処理が出来ない(OR大変)な仕組みになっているようです。ポイントを熱心に集めているお客さんの方が、会計が終わった後に「ポイントついてなかったよ!」というクレームが入ることが多いことは容易に想像されます。

すると、店側としては「クレーム入るから、マニュアルで”ポイントはお持ちですか?”」と全員に聞きましょうというマニュアルを作るわけです。
そうすると、来店者全員が「ポイントカードはお持ちですか?」と聞かれることになり、結果として全体の大多数を占めるお客さんの便益を下げる結果になるのです。

この、母集団の構成は少ないけど声が大きい顧客の声が通りやすいというのは、近年顕著にみられる傾向です。CMや企業が作ったプロモーションムービーなども、100万人が見て99万9,900人がOKだと思ったとしても、100人からクレームが来たら放映中止になります。

これが、私たちが「Tポイントカード(に限らず)ポイントカード全般を持っていますか?」と聞かれ続けていた理由かと思います。この原因をさらに一歩深掘ると、担当部署(あるいは管理者)が上から怒られたくない、ということになります。
「ポイントカードを持ってますか?」と聞くオペレーションを止めて、数百人から「ポイントカードを出し忘れた。」というクレームなり問合せが来た場合、上から怒られるのは担当部署だからです。
大多数の人たちが「ポイントカード持ってますか?」と聞かれたくないと思っていても、サイレントマジョリティの声は可視化されないので、見えやすいクレームや問い合わせを優先して対応してしまうわけです。

ゆえに、こういった事象を解消するには、経営層くらいまで上の人たちが「サイレントマジョリティ」を大切にした方が良いよね。という意識がないとなかなか難しいのかと思います。

ちなみに、問い合わせやクレーム対応回避以外で、いちいち聞く場合もあります。それはポイントカードなどの販促をしたい時です。マルイなどは、クレジットカードの収益構造が大きいため、毎回マルイのカードを持っているか聞かれますし、持っていないと都度営業をかけられます。これも、人によっては止めてほしいと思うでしょうが、企業にとっては販促活動なのです。

異様に長い会議時間を、半分に短縮する方法

会議時間が異様に長くなる理由

日本の会社って会議時間が異様に長いのです。それを回避するためには、ツリー型の議論を取り入れる必要があります。
ツリー型議論とは、全員が議題に対してツリー(階層)を意識して議論を行うことです。

例えば、会社の懇親会の企画をしたとしましょう。メンバーで集まって、懇親会の企画と詳細を詰める会議をします。
以下の議論の中で、ツリー型議論を乱しているのは誰でしょうか。

Aさん「懇親会は、飲み会のイメージでしょうか?それとも、ゲームなどのコンテンツも入れましょうか?」
Bさん「確かにコンテンツを入れても良いかもしれませんね。」
Cさん「コンテンツの中身はビンゴとかですか?それとも、グループ別に出し物を行う感じですか?」
Aさん「あまり具体的なイメージはないですね。」
Cさん「ビンゴを行うのであれば、ビンゴセットを持っているので持って行けます。景品は別途手配する必要がありますが。」

この中でツリー型の議論を乱しているのは、Cさんです。

この会議の中で第1階層になる議論は、懇親会では飲み会とするか、それともコンテンツを入れるかという議論です。

〇飲み会とするか、コンテンツを入れるか(第1階層)
└飲み会とする
└コンテンツを入れる

しかし、Cさんの話はコンテンツを入れた場合の実行プランの話をしているので、第2階層の話に言及しています。

■飲み会とするか、コンテンツを入れるか(第1階層)
└飲み会とする
└コンテンツを入れる
└どういったコンテンツが良いか?⇒ビンゴをする(第2階層)

Cさんがビンゴの実行プランについて、この後5分ほど話をしたとしましょう。しかし、5分ほど話が進んだ後で誰かが「ただの飲み会で良くないですか?」という話をして、皆が合意したとします。そうすると、ビンゴについての話をした5分間が無駄になるわけです。

会議の場でこれが非常に多くみられる兆候で”今どこの階層の話をしているか”を意識しないと、階層を下った各論の話をしだす人が出て、無駄な時間が多くなるのです。

階層ごとの議論を意識することで、会議時間を半分に短縮

では、冒頭の例ではどう議論を進めれば良かったのでしょうか。まず、第1階層の議論である「飲み会とするか、コンテンツを入れるか」を決める必要があります。それを決定した上で、第2階層以降の議論に入るべきです。

まず、飲み会とした場合とコンテンツとした場合のメリットデメリットを議論し”コンテンツありの方が良い”となったとします。
これを以って第1階層の議論に決着がつくので”どういったコンテンツが良いか”という第2階層の議論に進むのです。さらに、そのコンテンツを決めた後に”どのように準備するか?”という第3階層の議論に進みます。

■飲み会とするか、コンテンツを入れるか(第1階層)
└飲み会とする
└〇コンテンツを入れる
└どういったコンテンツが良いか?(第2階層)
└どのように準備するか?(第3階層)

これを見ると、冒頭のCさんの議論が全てをすっ飛ばして、どのように準備するか?という第3階層の議論まで飛躍していることが分かります。

このように、階層ごとで決議を取る前に階層を下りて各論を話してしまうと、無駄な発言と議論が多くなるのです。個人的には、日本の会議における議論の無駄の7割は、これが原因だと思っています。
このツリー型議論を導入することにより、会議時間は半分以下に減らせるでしょう。

ツリー型議論を進めるには、司会者が発言をシャットダウンすることが必要


このようにツリー型で進めるためには、司会の役割が非常に重要になります。具体的には、階層外の話題を持ち出した人の話をいったんシャットダウンすることです。
冒頭の例でいえば、Cさんが「ビンゴを行うのであれば~」と話し出した瞬間に「まだ、飲み会にするかコンテンツを入れるかが決まっていないので、先にそれを決めてからにしましょう」とシャットダウンして議論の階層を引き戻すのです。

ツリー型の議論が出来ない人は、冒頭のツリー構造が頭の中にないので、常に脱線しがちになります。そういった人が会議に毎回参加する場合は、司会がその都度シャットダウンする必要があります。
実は、現実的にスムーズな議論を進めるためには”ツリー構造を理解できる人たちだけで、議論する”が一番スムーズな議論進行になるのです。

また、ツリー型の構造理解を養うために最適なのは読書です。しかもビジネス書ではなく、物語です。物語を理解するには、文脈を読み取る能力と、それを頭で整理する力が必要となります。小さいころから物語を読んでいる人は、自然とこのツリー型に物事を分解出来る能力が身についているのです。

ということで、ツリー型議論のすすめという記事でしたが、ツリー型に議論を進められないメンバーでの会議をするたびに、内心けっこうげんなりしています。

UI無限ループにハマらないための、ハンバーグ・ブロッコリー理論

先日こんなツイートをしたのですが、UIのためのUIの話が多い気がしています。


UIってやろうと思えばどこまでも出来るので、どのタイミングで妥協して出すか(実装に係る工数も含め)という着地点を探すのが重要だと思っています。

よくあるのが、UIを洗練させるためにリリース時期を伸ばすことです。確かにUIは大切なのですが、延々UIを洗練し続けてUI無限ループに陥ってしまうことがあるのです。UI無限ループに陥らないためのハンバーグ・ブロッコリー理論を提唱します。

そのプロダクトにおいて、UIはハンバーグか?ブロッコリーか?

まず、UIをどこまで掘り下げるかを考えるにあたり、作ろとしているプロダクトにとって、UIがハンバーグ(主菜)に当たるのか、ブロッコリー(副菜)にあたるのかを考えます。

例えばツイートの例にあったマンガアプリの場合のハンバーグ(主菜)は、もちろん漫画コンテンツそのものです。コンテンツそのものに比べればUIはブロッコリー(副菜)です。
ハンターハンターの最新話が読める使いにくいマンガアプリと、名も知らない漫画しかない使いやすいマンガアプリがあったとしたら、使われるのは断然前者です。

もちろん、両方良くするに越したことはないのですが、リソースは限られています。
戦略というのはリソースの最適化ですから、リソースが限られている場合はハンバーグ(主菜)に多く割くべきです。もし1,000万あったとして、500万をUIデザインに割いたら、500万をコンテンツの獲得に割くことになります。この場合はUIデザインに割く費用を最小限にとどめて、コンテンツの獲得にほぼ投下するべきでしょう。

ということで、コンテンツが主役の場合はUIに割くよりはコンテンツの獲得にリソースを割いた方が効率が良いわけです。

UIそのものが、ハンバーグになる場合

しかし、UIそのものがハンバーグである場合は、UIそのものが価値になりますから妥協をしてはいけないということになります。例を挙げるとSNSやメッセージングアプリなどがそうです。これらにとっての価値は、人々が発信するメッセージなどですが、そのメッセージの発信と受取という行為が、かなりの頻度で行われるため、UIそのものがハンバーグになります。

同様に、ソーシャルゲームなどのゲームアプリなども、UIそのものがゲームというコンテンツの一部に内包されるため、ハンバーグであるということになります。

また、ニュースアプリなどもUIそのものに注力する必要があります。先ほどの漫画アプリと比較すると、ハンバーグはニュース記事そのものではないかと思われますが、ニュースアプリは細切れのニュースをキュレーションして配信しているプラットフォームそのものに価値があるので、ニュース記事をいかにまとめるか、それをどう見せるかというUIが重要だからです。

また、UIがハンバーグになる場合は、利用頻度が著しく高いサービスであるという点があります。マンガアプリは、マンガを選んでしまえば、マンガを読むという導線を辿り、一日に何度もアクセスするものでもありません。しかしSNSやメッセージアプリ、ニュースアプリなどは日に何回もアクセスすることになります。
利用頻度が高いということは、UIに少しでも気持ち悪い点があると、離脱のポイントになるからです。

ということで、UI無限ループに陥らないためのハンバーグ・ブロッコリー理論でした。

バナーのデザインで、アプリ広告のCPIを4倍改善

レシピットというチャットでレシピの質問が出来るアプリを運用しています。たまにプロモーションをかけているのですが、予算がないアプリの広告といえば、なんといってもFacebook広告です。

ということで、数種類のクリエイティブで広告出稿してみたのですが、CPI(アプリ1件あたりのインストールにかかる広告費)に4倍もの差が出るんですね。
この3つのクリエイティブのうち、もっとも獲得効率の良いクリエイティブはどれでしょうか。

正解は、真ん中の料理を並べたクリエイティブになります。


一番左の主婦と思われる女性のクリエイティブが¥287なので、女性のクリエイティブに比べると3倍効率が良いことになります。
また、一番右のアプリのイメージ画面とアイコンの組み合わせが¥402なので、4倍効率が良いことになります。

さて、CPIを低く抑えるためにバナーのクリエイティブに必要なこととは何でしょうか。

アテンションを取るための工夫をする

まずはバナーに目を留めてもらわなければならないので、アテンションを取る工夫をします。工夫の内容としてはバナーを動画クリエイティブにする、色味が強い写真やイラストを使う、人物を登場させるなどがあります。これらの工夫によってインプレッションを増やすわけです。
(最も効果が出やすいのが動画のクリエイティブで15秒尺ほどの短いものをおすすめします。)
この条件に当てはまるのが、左右2つのクリエイティブになります。しかし、それでも獲得効率で見ると3倍もの差がついています。それはなぜでしょうか。

サービスのイメージと合致したクリエイティブを使う

ユーザーがクリックしてランディングページやインストールページに飛んだ際、バナークリエイティブと本サービスのイメージに差があると離脱が多く発生します。
そのため、サービスのイメージとクリエイティブを合致させた方が、離脱が少なくて済むのです。このケースでいうと、レシピアプリなので食べ物のクリエイティブはレシピアプリというサービスとイメージがリンクするので、離脱が少なくなることが想定されます。

このように、CPIを低く抑えるためには、サービス内容とギャップのないデザインにすることが有効です。アプリプロモーションに限らず全般に言えることですが、ペットショップであれば犬や猫のクリエイティブ、重機の会社であればブルドーザーのクリエイティブを使うなど、そのものズバリのクリエイティブでサービスとのイメージをリンクさせた方が獲得効率が格段に良くなります。

よくありがちな失敗として、アテンション(クリック数)のみを意識してクリエイティブを過激にしてしまう(ゲームにおけるエロさの強調など)がありますが、これはクリック数が増えてもその先にて離脱が増えるので、やはりサービス内容とクリエイティブのイメージを合致させておくことが大変重要になります。

雑誌メディアによる、ライフスタイルの啓蒙が終わった理由

恋も仕事も頑張るOLを啓蒙してきた、赤文字系ファッション誌


2000年代くらいまでは、雑誌メディアはライフスタイルを啓蒙し、それに啓蒙されて読者側もライフスタイルを形成していく時代が続いていたと思います。
例えば、Cancamであればコンサバ系OLとして仕事もそこそこ頑張りながら、恋も頑張る(だから、ファッションは男性の視点を大切に)っていうライフスタイルを啓蒙してきたと思うんですね。OLさんがよく読むこれ系の赤文字系雑誌の特徴として、30日着回しコーデみたいな特集がほぼ毎号ついてくるんですが、ファッションだけを見せるのではなくてライフスタイルとセット(そして主に恋愛面にスポットを当てる)の読み物になっています。
例えば月曜日のコーデは”後輩ののんちゃんと仕事終わりにバーへ繰り出す!素敵な男の人に声かけられちゃった。”とかいう見出しとともに、モデルのコーデを紹介しています。火曜日のコーデは”今日は大事なプレゼン。やる気がある日は、パンツスタイルで。”などと、書類を抱えているモデルのコーデが紹介されます。

このような感じでコーディネイトが紹介されていくのですが、全体のテーマとして「恋も仕事も頑張るOL」みたいなライフスタイルを啓蒙しているんですね。

雑誌ごとに読者層のペルソナが設定されているため、例えば光文社の「Mart」だったら”子供が数人。コストコに買い物に行きつつ、ルクルーゼでおもてなし料理を作る主婦”みたいなペルソナを設定し、そのペルソナに合わせたライフスタイルを啓蒙していると思うのです。(LEONだったら、年収何千万以上のちょい悪オヤジの啓蒙エトセトラ、エトセトラ。)

ライフスタイルの啓蒙に欠かせないインフルエンサーの存在


このように、雑誌というものは想定した読者のペルソナに合わせたライフスタイルを啓蒙し、読者もそれに感化されてきました。このしくみにおいて重要なのが、インフルエンサーの存在です。先ほどのCancamでいえば、雑誌の啓蒙するライフスタイルを実践するエビちゃんというモデルがいることにより、雑誌への信頼性が強くなるのです。

このように、インフルエンサーによってライフスタイルを実践する偶像を提示してきたのですが、今現在において、もはやライフスタイルを啓蒙する時代は終わったように感じています。それは、なぜでしょうか。

ライフスタイルの細分化と、個としてのインフルエンサー


ひとつには、ライフスタイルが細分化しすぎて、読者のペルソナがはまらなくなったということです。今の時代、働き方の種類や結婚をするしない、子供を持つ持たない、個人の経済状況にいたるまで、ライフスタイルが細分化しています。ある程度右肩上がりの経済成長があり、中央値をくくれる時代はペルソナが有用だったのですが、今の時代はペルソナを設定しようとしても、個人のライフスタイルや趣味嗜好が細分化しすぎているため、くくれなくなっているのです。

さらに、インスタやTwitterなどのインターネットサービスが台頭したことにより、個人のインフルエンサーがメディアの力を借りずとも力を持てるようになりました。雑誌メディアに醸成されたインフルエンサーと、個人で立つインフルエンサーには大きな違いがあります。個人で立つインフルエンサーは、誰からも啓蒙されずに自分を自分で売り込んでいる強いインフルエンサーであるということです。雑誌メディアに影響を受けていた読者は、メディアが啓蒙するライフスタイルに憧れ、それを体現するインフルエンサーにも憧れていた構図ですが、個人で立つインフルエンサーに惹かれるフォロワーは、個人が持つパワーそのものに惹かれています。

このように、雑誌メディアが長らく保ってきたライフスタイルの啓蒙と、それを体現するインフルエンサーを掲げるという手法が終わりを迎えたのではないかと思っています。
今後の雑誌含めたライフスタイル系のメディアの方向性については、思うところがあるのですが、それはまたの機会に書いてみたいと思います。

2018年現在において、ヒマであることの希少性

ヒマであるということは、小さな可能性に触れる機会が多いということ


2018年現在、だいたいの人は忙しいと思うんですね。その上で、ヒマであることは恥ずかしいと感じていると思うんですね。
さらに言うと、忙しいことがひとつのアイデンティティになっているケースも多いと思います。特に男性の場合は、会社への精神的なコミット具合が高いので、コミットメントを図るひとつの指標としての忙しさがあります。ゆえに忙しいということは、会社組織へのコミットメントが充足しているという状況だからです。

しかし、2018年現在においてヒマであるということは、実は希少性が高くて良いことなんじゃないでしょうか。

ヒマであることの第一のメリットとして、自分が興味を持った何かにふらっとコミットしやすいという点があります。誰かからライブに行こうとか何か誘われたとして「平日は電車あるうちに帰れないから無理」と断る必要がないので、ふらっと誘いに応じやすいのです。ヒマであるということは、自分がまだ出会っていない小さな可能性に触れられる前提状況を作っていることになります。
ライブに出かけてみて運命の音楽との出会いがあるかもしれませんし、日常に落ちている小さな可能性みたいなものをキャッチできる機会が多いんですね。

ヒマであることの第二のメリットとして、時間があるから自分への投資だったり好きなことに使う時間があるということがあります。忙しいと思索の時間が取れませんが、ヒマな場合は考えにふける時間が取れるので、今までの振り返りをしたり、これからのことを考える余裕があります。ヒマだったら、本を読む時間も確保できるでしょう。

ということで、ヒマであることはけっこうメリットがあると思っているのですが、タイトルを「2018年現在において」とわざわざつけているのは、ヒマであることに希少性があるのは、今だけなのではないかと思っているからです。
有史以来、人類は生きるために忙しい生活を送ってきたのだと思いますが、AIなどの到来によりAIが人の仕事を代替するなどと言われており、いよいよ総人類ヒマ社会というものが到来しそうな予感です。


ヒマ社会の到来と、ヒマ下手な日本人


そう遠くない将来に、人類がみなヒマになる時代が来るような気がしていますが、日本人はとてもヒマ下手なのではないかと思います。先ほどの組織へのコミットメントが強い云々のくだりもあり、ヒマであることに罪悪感すら感じてしまうからです。欧米にはバカンスといって長期的にぼーっとする、まさにヒマを作りにいく休暇制度がありますが、日本人は数日の有給休暇の取得すら罪悪感を感じてしまうのではないでしょうか。

ヒマになった人たちは何をするかといえば、ロシアの文豪の小説にそのヒントがあるように思います。トルストイの「アンナカレーニナ」を読むと、主人公の一人であるリョーヴィンは貴族の生まれなので、親族はみな有閑貴族です。貴族たちは毎日お茶をしながら、本を読んで哲学やらなんやらの高尚な議論をしています。
しかし、この本に登場する有閑貴族は、お金があり、かつ小さいころから高等な教育を受けてきたので哲学などを論争する下地があるのです。つまり、ロシア文学に登場するような貴族は、幼いころからヒマになるための準備をしてきたとも言えます。

そんな中、もし現代の日本人がヒマになったら、どうして良いか分からなくなるでしょう。さらに、ヒマになったことにより忙しさという心のよりどころが失われて、アイデンティティの危機を迎える人もいるかもしれません。
という状況の到来から逆算すると、2018年現在においてヒマであるということは、すでにその時代を迎える準備が出来ており、自分のアイデンティティの要となりそうな小さな可能性にリソースを渡せる状況にあるということになります。

ということで2018年現在の今、ヒマな人は希少性が高いとともに、時代を先取りしているとも言えます。人間、突然ヒマになってしまうと延々とインターネットを見つづけたり、ヒマを上手く扱うことが困難になるでしょう。来るべきヒマ時代に向けて、ヒマになる訓練をしておくべきなのかもしれません。

映画を「監督」で選ぶと、今より100倍楽しめる

映画好きな人には、好きな監督がて、好きな監督の映画をチェックするという人が多いです。考えてみると、料理は料理人の腕に左右されますし、映画が面白いか否かも監督の腕に左右されるんですが、あまり重視されてない気がします。なぜかというと、監督によって映画の良しあしが分かるようになるには、相当量の映画の本数を見て、自分の中で好みのマッピングが出来ないと判断しづらいからなのです。

ということで、こういう好みの人には、この監督の映画がおススメというのをご紹介してみます。

大人のファンタジーやティム・バートン作品が好きな人に ~ウェス・アンダーソン~

作品に登場するカワイイホテルは、ミニチュアで作られたもの「グランド・ブダペスト・ホテル」

ティム・バートンの時点で監督名なのですが、ティム・バートンといえば「チャーリーとチョコレート工場」などヒット作品を多数輩出しているフィルムメイカーです。昔からファンタジー作品を多く扱ってきたのですが、このへんのファンタジーが好きな人に薦めたい監督がウェス・アンダーソンです。

「ダージリン急行」や「ムーンライズ・キングダム」あたりが有名ですが、彼が発表する映画の大半はファンタジーに彩られた映画でありつつ、かなりのブラックユーモアを含みます。しかし、映像がポップでカワイイキャンディカラーに彩られていたりと、映画美術にもこだわりがあるため、ブラックユーモアがどこかシニカルに映るんですね。終始クスっとしながらも、家族の問題だったり、映画内にちゃんとテーマがあるのがポイントです。
(そういえば、ティム・バートンも映画「ビッグ・フィッシュ」で、はじめて100%のファンタジーではなく、父親との確執というリアルな題材を取り入れています。)

映像がオシャレなので、かわいいオシャレ映画を観たい場合は「ムーンライズ・キングダム」や「グランド・ブダペスト・ホテル」あたりがおすすめです。

マカロンカラーのガールズムービーが観たい人に ~ソフィア・コッポラ~

岡崎京子好きにおすすめしたい「ヴァージン・スーサイズ」

ハリウッドの中でも、それほどメジャーではない映画のカテゴリとして、ガールズムービーというものがありました。今では、ほとんど見られなくなりましたが、女子による女子のための映画です。その中でも、サブカルに傾倒している女子向けなのがソフィア・コッポラの映画です。「マリー・アントワネット」は、マカロンタワーが登場するガールズムービーの元祖といった感じで、中世のフランスを舞台にしているのに、音楽にロックや現代ポップスを使っていてすごくオシャレなんですね。音楽にこだわりがあるのもソフィア・コッポラの特徴で、東京を舞台にした映画「ロスト・イン・トランスレーション」では、はっぴいえんどの「風をあつめて」が使われています。
ちなみにソフィア・コッポラの処女監督作である「ヴァージン・スーサイズ」はその名の通り5人姉妹が自殺する話なのですが、岡崎京子の漫画が好きな人たちにハマるんじゃないかなあと思います。すごく静かでオシャレな映画です。

アクションとバイオレンスに溢れたザ・映画を観たい人に ~クエンティン・タランティーノ~

ここ数十年の中でも指折りの名作「パルプ・フィクション」

「キル・ビル」などで知られる監督ですが、すでにアメリカでは巨匠扱いされている気がします。タランティーノ作品の特徴は、底が厚いことなんですね。彼の作品を観たことがなくても、ふつうにバイオレンスに溢れたアクション映画(昔の作品はけっこうエログロあり)として楽しめます。
さらに深く映画を観ると、タランティーノは生粋の映画オタクだったため、60年代から70年代の映画のムーブメントを切り取って自分の作品に詰め込むのがけっこう好きで、その集大成が「キル・ビル」だったりします。映画を観ていると、謎に中国のカンフー映画のテイストが入り込んできたりして面白いです。ちなみに私が一番名作だと思う「パルプ・フィクション」には、小ネタがたくさん散りばめられつつも、映画の構成が斬新で最後ハッとさせられる人間ドラマがあります。

救いのない終わり系の漫画や映画が好きな人に ~ミヒャエル・ハネケ&パク・チャヌク~

きれいすぎる映像とエグい内容がうらはらな「オールド・ボーイ」

最近電子コミックなどでも救いのない終わり系の漫画がたくさんありますが、この2人のフィルム・メイカーは救いのない映画を割と作る人たちです。ミヒャエル・ハネケ監督は「ファニー・ゲーム」というハリウッドでもリメイクされた作品を作っています。湖畔の別荘で休暇を楽しんでいた家族に忍び寄る、男たちとの一夜を描いた映画です。過去に監督のインタビューを見た時に「自分にとって映画はエンタテイメントではない」と言ってたので、あまり観客のことは気にせずアートとして作ってるのでしょうね。

一方のパク・チャヌク監督は韓国の監督さんですが「オールド・ボーイ」などの映画で知られています。「オールド・ボーイ」は15年間監禁された後に突如開放された男の話なのですが、息が詰まりそうなストーリーの割に映像がめちゃくちゃ綺麗で、映像の切り取り方がとても面白いので、見ていて引き込まれます。映像がきれいだし、話にも切迫したものがあるので、ぐいぐい見させられているうちに、最後に衝撃のなんぞが待ち受けている・・・。そんな作品です。
この「オールド・ボーイ」を始めとする復讐三部作ー「親切なクムジャさん」「復讐者に憐れみを」は、すごく人のイヤーなところを突いてくる演出の数々ですが、映像が綺麗なので見れてしまうんですね。

疲れているから頭を空っぽにして、ただのハリウッド映画を観たい~ニコラス・ケイジの出ている映画~

観ていないがたぶんいつもニコケイ映画「ゴースト・ライダー」

最後の最後で監督の名前ではなくて急に俳優のニコラス・ケイジが出てくるのですが、誰しも疲れていて頭を使いたくない時があると思います。そんな時におすすめなのが、ニコラス・ケイジが出ている映画です。ニコケイ映画というカテゴリを作ってもいいなと思うくらい、ニコラス・ケイジが出ている映画はおしなべて65点くらいの面白さです。(100点満点で面白い映画を観るとアドレナリンが出て疲れるので、65点くらいの温度低めのエンタメ映画が疲労回復には良いのです。)
ちなみに、ジャスト65点という感じでオススメしておきたいのが「ゴースト・ライダー」です。映画を観ていませんが、チラシの感じから察するに、いつものニコラス・ケイジによる65点くらいのエンタメ映画に間違いないでしょう。

ということで4人の監督と、一人の俳優の映画をおすすめしてみました。

WEB広告を出稿する前後にやっておくべきこと6点

WEB広告をなんとなく出稿てしまって、結果が良かったのか悪かったのかがふんわりしていることが多いと思います。WEB広告を出稿する前と、その後にやっておくべきことを解説します。

出稿前にやっておくべきこと

■1 顧客あたりの広告予算を決めておく

広告を出稿した後は、費用対効果を分析する必要があるので、まず顧客ひとりにかけられる広告予算を設定します。saasなどのサブスクリプションのサービスであれば、1人あたりの顧客が生み出す収益を割り出し、そこから原価と利益を引いた額の何割かを広告予算に割り当てて良いと言うことになります。

▼saasなどのサブスクリプションサービスにおける1顧客あたりの広告予算
下記を割り出した上で販売管理費のうち、1顧客にかける広告予算を決定する。

LTV(顧客あたりの月額売上÷月間退会率)ー1人あたりにかかる原価=1人あたりの販売管理費+利益
→広告費は販売管理費に含まれるため、販売管理費から広告予算を按分する。

■2 カスタマージャーニーから広告フローを作成する

カスタマージャーニーというのは、顧客が商品の購入に至るまでの思考、行動、感情などをモデル化したものです。ユーザーへのインタビューなどを通して作成します。例えば旅行代理店であれば、旅行への申し込みをするまでのユーザーの行動をモデル化します。例えば、ユーザーが旅行に行く前には「〇〇(目的地) 格安」といったクエリで検索するという情報が得られれば、広告においてはリスティング広告が必須だということが分かり、さらに有効な検索クエリへの手がかりも得られることになります。

カスタマージャーニーは顧客のペルソナごとに何種類か作成することをおすすめします。その上で、最終的に広告フローを作成します。商材によっては、直接コンバージョンに影響しなくても、認知のみを取る広告を組み合わせる必要がある場合があります。(主に不動産や車などの高価格商材が当てはまります。)
認知を取る広告、認知後の顧客を誘導する広告、コンバージョンに直接影響する広告など、AISASのモデルに沿って広告をフロー化していきます。

カスタマージャーニーで得られた顧客とのタッチポイントを整理した上で、広告フローに落とし込み、認知獲得の広告にいくらかけるか、コンバージョンに繋がる広告にいくらかけるかを割り振ります。

ただし、このステップについては、特に顧客単価が高い商材について有効なので、商材が数千円程度の化粧品であったりした場合は、簡易にやって良いステップだと思います。

■3 広告代理店に委託するか判断する

自前で広告を運用するか、それとも広告代理店に委託するかを判断します。自前で運用する場合は、自社にノウハウは溜まるというメリットはありますが、人材をアサインする必要があるのと、ノウハウが溜まるまでにトライ&エラーが生じるというデメリットがあります。代理店に委託した場合は、運用人材はアサインしなくても良くなり、短期間で効果が出やすいというメリットがありますが、自社に細かいノウハウは溜まりづらい、代理店フィーが出稿額の15~30%程度かかるというデメリットがあります。

また、広告代理店に委託する場合はミニマムの出稿金額が決められているため、月額の出稿金額が100万円に満たない場合は、自前ではじめられることをおすすめします。

■4 広告流入ごとの成約(コンバージョン)が計測できる設定をしておく

意外と広告流入ごとの成約(コンバージョン)を計測していないケースがあります。アプリプロモーションの場合は、広告代理店に委託すると、自動的にadjustなどのコンバージョンが計測できるツールの導入前提で出稿することが多いのですが、WEBプロモーションの場合はアナリティクスなどの計測ツールにて、コンバージョン設定を自社で行わなければなりません。
例えばダイレクトレスポンス系の商材であれば、申込完了ページにコンバージョンを設定しておきます。そして、WEB広告への出稿URLに流入先を判別するためのUTMパラメータを付与することにより、コンバージョンに到達したユーザーの流入元が分かります。

出稿後にやっておくべきこと

■5 広告レポートの把握と次回アクションの設定

出稿が完了したら、広告レポートの把握と次回アクションの設定をする必要があります。チェックポイントとアクションは下記の通りです。
  • 広告ごとのコンバージョン件数を割り出し、広告ごとの獲得単価を計算
    (ただし、広告モデル作成時に認知を取るために指定していた広告はそもそもKPIがコンバージョンではなくて閲覧数などになるため、この限りではない。)
  • 広告ごとの獲得単価が、顧客あたりの広告予算を超えていないかチェックする
  • 広告ごとのインプレッションやCTR(クリック率)を計測して、広告クリエイティブの最適化を行う
    →代理店に委託している場合は、この点のレポートや提案をもらうことが出来ます。
  • 上記の結果から広告予算の再調整や、ランディングページの改修、クリエイティブ最適化などを行う。

■6 広告流入ごとのユーザーの継続率を計測する

saasなど顧客の継続率が重要な商材の場合は、広告流入ごとにユーザーの継続率を数か月単位で追った上で、予算を再分配した方が効率的な場合があります。単月で見て顧客あたりの単価が安く抑えられていたとしても、他の広告に比べて解約が早ければ、結果的に一件単価が高く見える他の広告の方が効率が良くなるからです。

コンバージョンの前提が会員登録である場合は、登録時に広告パラメータを会員データベースに紐づけて、広告ごとの退会率を取れるようにするのがベストです。特に会員登録がなく、単純にサイトへの再訪という観点での継続率を取りたい場合は、アナリティクスで集計するには以下の2つの方法があります。

1.コホート分析
2.UTMパラメータにてセグメント設定を行い、当該期間におけるユーザー数とセッション数の割合を見る

1番目のコホート分析は、UTMパラメータで設定しておいた広告経由ごとの継続率が見られます。2番目はUTMパラメータでセグメント設定をしておき、当該期間にてユーザー数とセッション数を比べるとどの程度のユーザーが再訪しているかが分かります。例えば広告A経由のセグメント設定をしたとして、このセグメントにおける3か月のユーザー数が1,000、セッション数が3,000とすると、1ユーザーにつき平均3回訪問していることになります。

ということで、WEB広告を出稿する前と後にやっておくべきことでした。

落語とミステリー小説が似ている理由

ミステリーの叙述トリックのごとく、情報を欠落させる落語

落語家の立川志の輔さんの新春落語を観に行ったのですが、はじめて落語を観たんですね。そして、大変に面白かったのですが、立川志の輔さんが「落語って不思議なもので、実態がないんですよ。舞台装置もなくて、人も一人しかいない。じゃあ実態はどこにあるのかってお客さんの頭の中にしかない。」っていう話をされていて、確かにそうだなと思いました。

落語は派手な舞台美術もなく、落語家さんが一人で座布団の上に座って、話をするだけなんですね。だから、落語という芸能において、コンテンツはどこに存在するのかと言われると、お客さんの頭の中にあります。
落語のしくみは、落語家さんが話の情報をわざと欠落させた上で、お客さんの想像の裏をかいて笑わせるというものです。立川志の輔さんの落語のワンシーンでこんなものがありました。

「先生、最近毎朝コーヒーを飲むたびに目が痛いんです。そんな病気あるんでしょうか。」
「コーヒーを飲んで目が痛い?どれ、毎朝どんな感じでコーヒーを飲んでいるか、ここでやってみてください。はー、なるほど、コーヒーカップに、コーヒーの粉を入れて、お湯を注いで、かきまぜて、飲む、飲む、飲む・・・。ってあなた、原因が分かりましたよ。」
「原因が分かったんですか?」
「そりゃ、目が痛くなりますよ。あなた、コーヒーを飲むときは、スプーンを取って飲みなさいよ。」

ということで、オチはコーヒーカップをかきまぜたスプーンを取らないから、それが飲むときに目に刺さっていたということなんですね。ここで興味深いのは、ミステリーの叙述トリックのごとく、さりげなくコーヒーをかきまぜるという表現によってスプーンの存在を示唆するものの、明示はしてないんですね。コーヒーを飲んでいる人の情景を見ている側(先生)が描写することによって、観客はこういう風に飲んでいるんだろうなという情景を想像するようになります。
観客の想像の中ではコーヒーのスプーンという存在は欠落しており、最後の先生の一言のせいで、自分の想像の中にコーヒースプーンが目に刺さっているという状況が足りなかったことに気づき、その意外性の落差によって笑いが生まれるのです。

ということで、落語はあえて「言わない、見せない」ことによって、観客の想像力にゆだねて、最後のオチでその想像の裏をかいて意外性で笑わせるという構図になっています。

コンテンツが明示して存在しないことにより、お客さんの頭の中にコンテンツが生まれるのです。

落語は演者が一人、小道具もセンスと手ぬぐいだけ、さらに演者はざぶとんに座っているので上半身のアクションしか取れないという、究極にコンテンツが省かれた演芸です。逆にいうと、その分お客さんの想像という余白が入る余地が大きいので、そこに笑いが生まれる余地があるということになります。

これに、下半身の動きを加えて演者をもう一人増やすことにより、表現領域が広がったものが漫才とかコントなのだと思います。

小説なども同じく、あえてコンテンツの箇所を抜いて余白を作ることにより、読み手に想像させるという作りになっています。例えばこのような文章があったとします。

A氏はエレベーターに乗り込むと5階へ向かうボタンを2、3度連打した。エレベーターのドアは朝晩開閉されるお城の門のように、重々しく締まった。A氏は3分前にも眺めた腕時計に再び視線を落とした。エレベーターの乗降スピードはまるで亀の歩みのように感じられた。

この文章中には、A氏は急いでいてイライラしている。という直接的な表現はありませんが、A氏のしぐさや比喩の表現により、A氏が急いでいてイライラしている情景を想像することが出来るのです。

こういった表現からA氏の心情を察することは文脈を読む力であり、国語のテストでも「A氏のこの時の気持ちを次の4つから選べ」みたいな問題が出てきます。

ちなみに、前にも日本人は特に言葉遊び好きで文脈を読むことに長けているというブログを書いたことがあるのですが、近年は文脈を紡がないでそのまま描写するコンテンツが増えてきているように思います。ライトノベルや電子コミックで人気の漫画などを見ると、読者の想像にゆだねる余白はなくて、全てを書き切っている、イメージです。主人公が悲しい時は主人公に悲しいと言わせ、くやしいときはくやしいと言わせるんですね。

落語のようにコンテンツの引き算(余白)がない場合は、コンテンツの強さそのもので表現することになり、過激な方向に進む傾向があるように思います。電子コミックの人気タイトルもデスゲームとかグロなどの、存在自体が強いコンテンツになっていると思うのです。食べ物に例えると落語はだしをひいたおすまし、電子コミックは豚の背油が入ったラーメンでしょうか。

ということで、コンテンツを100%表現しきるか、あるいは表現を間引くことによりお客さんの頭の中に存在させるのかというお話でした。

一度消滅したホラー漫画市場が、マンガアプリによって復活した理由

一度は消滅したホラー漫画市場

ホラーマンガという市場は、一度消滅してると思うんですよ。今から20年以上昔のことですが、当時は本屋さんの漫画雑誌コーナーに「サスペリア」とか「ホラーM」とかホラーマンガ誌が平積みされていました。そして、コンビニエンスストアの棚にも御茶漬海苔先生など、ホラーマンガ家の漫画が並んでいました。しかし、2000年代に入ると漫画雑誌コーナーで平積みされることもなくなり、もっと奥のアングラな方へ追いやられ、どんどん休刊していきます。
(ちなみに、かつてホラー漫画誌サスペリアを読んでいたという友達と話をしようとしたら「第三者がいるときは絶対その話を口にするな。」と言われました。ホラーマンガ誌を定期的に読んでいたというのは、あまり公表されたくない事実であるというのも、追いやられた原因のひとつかもしれません。)

ちなみに、ホラーマンガの市場の終わりを見る中で、ひとつの発見があります。「市場は消滅しても天才は存続する」ということです。伊藤潤二先生というホラーマンガ家の方がいるのですが、富江シリーズなど美しい少女の描写で知られています。伊藤潤二先生は多くの専業ホラー漫画家が仕事を続けられなくなる中で、ほぼ唯一と言っていいかと思いますが、ホラー漫画一本で来ています。富江シリーズなどは映像化もされており、あの「HUNTER×HUNTER」の冨樫義博先生も、描写に影響を受けているとネットで話題になっています。(描写に影響を受けているを超えて、けっこうまんま使ってないか?って思っています。)

当時「サスペリア」というホラー誌にて、犬木加奈子先生他のホラー作家たちの対談で「伊藤潤二はヤバい」と、才能を全員が賞賛するくだりがありました。
たとえ、市場が消滅したとしても、圧倒的な天才というのは生き残るのです。(たとえバトル物の少年漫画というジャンルが消滅したとしても、冨樫義博という才能が消えないのと同義です。)

ケータイ文化により、盛り返すホラー漫画

漫画雑誌からは消滅してしまったホラー漫画が生き返るきっかけが、ケータイ文化のはじまりです。フィーチャーフォン(ガラケー)時代になり、「魔法のiらんど」や「E★エブリスタ」など、若年層がケータイで作文して小説を投稿するという文化が生まれます。ケータイで短い文章を作って投稿するということは、冒頭を読んだだけですぐに設定が分かるソリッドなシチュエーションや刺激の強い設定が必要になります。このあたりから「王様ゲーム」などに代表されるグロいコンテンツ(=ホラー)が息を吹き返しはじめるのです。
一度人気作品になると、漫画化や映像化などメディアミックスされることになり、「王様ゲーム」の漫画版ははシリーズ全体の発行部数が800万部を超えています。このように続々とグロい系ホラーコンテンツが漫画化されることで、若年層にホラーコンテンツが浸透していきました。

ちなみに、ケータイ小説の代表的なジャンルのひとつが、先ほどの「王様ゲーム」などに代表されるデスゲームです。最後のひとりになるまで殺し合うとか、生き残る系の設定はまさに2000年前後に大ヒットした「バトルロワイアル」そのものであり、ケータイにてホラー系小説を投稿していたユーザーは、バトルロワイアル及びそこに追従したリアル鬼ごっこなどの影響を色濃く受けています。

漫画アプリ全盛により、商売が成り立つようになったホラー漫画

その後、スマホの普及に伴う漫画アプリの流行により、ホラー漫画の収益性が高まる状況になっています。漫画アプリの最も効率の良い収益モデルは「ピッコマ」などに代表される、1日1回は無料で読めるモデルです。1日1話づつであれば課金をせずに読み進めることが出来ますが、続きが気になる人はチケットを購入して読み進めます。

このモデルで最も相性が良いのが、ホラーコンテンツなのです。例えば、殺人鬼に追われていたとして、主人公が転んだところで終わったら、続きが気になるので24時間待たないで課金しますよね?
および、これら漫画アプリの集客導線はWEBやアプリ内広告なので、グロいビジュアルを出せばクリックレートが高まるので集客しやすく、ホラーだと課金との相性が良いために今の時代に適したコンテンツとなったのです。
(おまけに、冒頭のホラー漫画雑誌を読んでいた中年の人たちはホラー漫画誌を買いづらかったので、アプリであれば読みやすいということと、そもそも若年層はグロに抵抗がないため親和性が高いという背景があります。)

その昔は電子コミックはエロが9割なんて言われていましたが、漫画アプリはグロが7割みたいな世界観になっているのではないでしょうか。(具体的データはないですが。)

スクエアエニックスの電子漫画アプリ「マンガUP」を見ると、多くのグロ系ホラー作品を目にすることが出来ます。(その昔、月刊少年ガンガンで南国少年パプワくんや魔法陣グルグルなど、ほのぼの系作品を観ていた身としては、複雑な気持ちです。)

これからのホラー漫画予想

といことで、漫画アプリによって息を吹き返したホラー漫画ですが、今後はホラー漫画の供給が追い付かない現象が起こるのではないかと思っています。漫画アプリが乱立していますが、掲載されている漫画にそんなに差異がなく、すでにコンテンツ側の供給が追い付いていない印象を受けます。

今後起こることとしては、漫画アプリにはグロ系のホラーコンテンツが不可欠であるため、ホラーコンテンツの原作者が重宝され、原作と作画を分けて作品の投入スピードが加速するのではないかと思います。

もう一点は、過去ホラー作品のキュレーションであり、サスペリアあたりで連載されていた作品を掘り起こして漫画アプリに掲載していく流れも起こると思います。(というか、もう起こっているのでしょうが。)

ということで、一度は市場がほぼ消滅したものの、マンガアプリの普及によってジャンルとしては息を吹き返したホラー漫画についてでした。
最後に、御茶漬海苔先生は「御茶漬 海苔」ではなく「御茶 漬海苔」です。